Day5:科学の世界の仲間と

そうしてこうして無事、陸を歩ける超絶貴重な人間(少なくともキノイにとってはそうだった)を仲間に引き入れたキノイとドリスは、遺跡をひたすら探索している。勘で口に含んだ海ブドウはおいしかったし、ナマコが食べられる話をしたらエリーが目を丸くしていた。カベルなんとかとか言うところ、あまり海鮮に馴染みがないのかもしれない。
そして気づいたが、紅一点の真逆の状態というか両手に花だ。右手にめちゃくちゃ綺麗な科学の世界の花!左手にもうクソほど千切って捨てたい食ったらなんか食中毒になりそうな気がするゲテモノ(見た目はいいけど)!しかも左手の方どうあがいても捨てられない。クソが。いつか絶対殺す。綺麗な花にはなんとやらかよ。イソギンチャクか何か?刺胞なの?そのマジックアローは刺胞なの?
それはさておき。エリーが二人の旅路――というより探しものに加わってから、少なくともキノイの心はめちゃくちゃに晴れやかである。なんといってもエリーのいる前ではドリスは猫を被っていることを選択したのだ。今のキノイとドリスは、近所のお姉さんと悪ガキ(過去形)なのだ。基本的に外向けにはそういう体でいるのが実に自然だし、悪ガキならちょっと魔法陣の書き損じで近所のお姉さんを巻き込むくらいは許されるはずだ。そして過去形とはいえ悪ガキなら、昔馴染みの近所のお姉さんを相手取って、もうこれでもかと罵詈雑言を並べ立てたっていいわけだ。きっとこの『悪ガキ』キノイーグレンス・リーガレッセリーは、かつては近所のお姉さんにしこたま怒られるなどしていたんだろう。そんなに好きじゃないお姉さんと事故とは言え離れられないのかわいそうである。訂正する。この理論だと自分のほうが遥かにかわいそうだ。殺されかけたし。
事あるごとにボロクソにドリスを扱き下ろし、そのたび見事な猫を被ったあらあらうふふ顔と勝手に命名した顔(たまに眉間にシワが寄っていてやーいババア!したくなるけどそれはまだなんとか耐えている)で見てくるの、率直に言って気分がいい。いつか殺すって思われているのは間違いないが、こちらへの最初の一言が罪人極まった「死ね」だったことは永遠と語り継いでいきたいし、初手死ねに対してはこのくらい強気でいてもいい気がする。結局どれだけ殺意を練っていようが殺せるのは一回だけだ。やーい罪人。そうそう死ぬ気もないけど。リーガレッセリーの血筋は見た目にそぐわぬ頑丈さが一番の取り柄なのだ。

「ま、悪くないんじゃないっすかね」

使い慣れたいつもの石杖は、この海だといつものように取り回せない。攻撃スカしぶんぶん丸なのだ。もともと出待ちというか、来たものを受け流す戦い方を得意としていたキノイだったが、両手に花とあってはちょっとカッコいいところも見せたくなるものだ。片方早く枯れてほしいんですけど。
アビス・ペカトルは相変わらず人を何人か殺せそうな顔で魔力でできた矢を放っているし、エリーは見た目相応に機敏な動きを水中でもした。キノイの仕事はいい感じに女子二人を守りつつ(片方早く枯れろってのは何度でも言うけど)、行けそうなときは石杖で豪快に殴りに行くことだ。それは当然理解しているし、壁にしたかったり見捨てたりしたい気持ちはもう嫌というほどあるが、そうするよりはずっと同行していたほうが頭がいいのだ。
一定距離以上離れられない。それが何を意味しているのか――本来なら、キノイの勝ちも同然なのだ。てこでも動かなければそれで済む。すでに取り押さえているのと全く同義なのだから。このテリメインに来る時に、騎士団章――海の技術が詰め込まれた最新鋭の通信機械、それさえ無くしていなければ、探索協会に登録することも当然無かった。遺跡探索に行く理由もなければ、行かせる理由もないのだ。
利害の一致というか、偶然にも目的地が同じだったと言うだけで、首が繋がっているのかもしれない。とはいえ世界として誤認識されている間は、アビス・ペカトルも手を出してこないだろうし、今のところ命は保証されている。――何か見つかってしまったら話は別なので、そこはもう戦いだ。むしろそっちの方がアツい戦いなくらいだ。ドリスが本を読んでいるのも知っているし、なんならエリーとそういう会話を(可能ならキノイ抜きで)しようとしているのも知っている。

共に行動する仲間だなんて建前だ。
エレノア・エヴァンジェリスタ・アルマスを逃さないための、あるいは他の探索者達に奇異の目で見られないための、あるいは討伐対象とならないためのものに過ぎない。
口はよく回る。地頭だって悪いわけではない。むしろ実技より筆記のほうが良かったぐらい。

「――どっすか?エリーさん!!俺たちけっこーいいコンビ……じゃねえやトリオなんじゃないっすかね〜!!いやーさーせんなんか三人になったっての、ついぞ忘れちゃうんスよね!何かあったらすぐ言ってくださいッス、このキノイーグレンス・リーガレッセリー、仲間のためならできる範囲でなんだってするっすよ〜!」

――ドリスルーブラ・メルゴモルスを囲い込むためなら。
――アルカールカの誰かが、キノイを見つけてここまで来てくれるためになら。