Day12:計算上の仲間たち


キノイは電卓を叩いている。
これもエリーの世界の技術……というわけではなく、手計算をしていたところにエリーが持ち込んでくれたものだ。どうやらごく普通に陸にはこういうものがあるらしく、とにかくびっくりしたのを覚えている。流石に防水ではなかったので、ホテルのエリーの部屋を借りて、電卓で軽快な音を立て続けていた。

「うーん」
「キノイはすごいね」
「いや〜それほどでもねえっすよ!」

この電卓は、エリーの部屋に上がり込むのにとにかくいい口実になった。
三人分の宿泊費……というかご飯代や諸般のホテルサービス代、それに加えてスキルストーンやチューンジェム。苛烈になる敵の攻撃を凌ぎ、遺跡や未開の地のより奥へ進んでいくためには、――買い物が必要不可欠だった。

「けど、三人分だよ。私の分までありがとう」
「いいってことっす〜。俺こういうの慣れてるんスよ」

キノイがこの面倒な作業を引き受けているのには、二つ理由がある。
ひとつはもちろん、こういう作業に慣れているからだ。一体騎士団とは何なのだという話ではあるが、キノイのいた隊は末端の隊なので、雑用がよく回ってくる。計算の絡むものの相手をしたのは、新人のキノイですら両手の指では当に収まらない。
もうひとつは、“ドリスがこれをやるわけがない”ということに基づいた、彼女より一歩前に出るための策だ。

『買い物?勝手になさいな』
『何か考えがあって取引するって言うのなら、止めないわ。その代わり、責任は全部アナタが負いなさい』

根っこに染み付いた下働き根性というかそういうのが、キノイを肉体労働のみならず頭脳労働にも駆り立てる。
そしてそれは、確実に、“自分のためによくしてくれる魚”という印象を、エレノア・エヴァンジェリスタ・アルマスに植え付けるはずだ。
つまり。

「ま、なんてったって仲間ですもん俺たち」

もしこの先、立場がバレたりして二人が敵対することになったとき。
エレノア・エヴァンジェリスタ・アルマスを、こちら側に引き入れるためだ。

「キノイは戦いのときもそうだけど、そうじゃないときでも、とても頼りになるね」
「そっすか〜?あんまり褒めると俺調子乗っちゃうんでそんくらいにしといてくださいッスよ。あっでももう今めちゃくちゃ素直に嬉しいっす!そう思ってもらえてるんなら、いろいろやってるかいがあるっすね」

それはもう、とても。

「よし!この調子だと明後日辺りにまたうまいメシ食えそうッスね!ドリスにも相談してくるッス」
「ありがとう。いつも任せっきりでごめんね」
「いいっすいいっす!前も言ったじゃないスか、俺こういうことしてたんすよ!なんでもう大船に乗ったつもりで任せてくださいッス〜。俺ヒトの船乗ったことないですけどね」

財布の管理をめちゃくちゃ頑張ると、浮いたお金でホテルの美味しいご飯が食べられる。そのために頑張っているフリをしているが、きっとドリスには打算的に動いているのはバレている。それはそれとしてごはん美味しい。
軽快な足取りで陸用の部屋を出て、自分の部屋に戻っていく。その途中でドリスの部屋の前を嫌でも通る。

「……いますか?」
「何かしら」
「買い物の話っすよ。あんた何欲しいって言ってましたっけスキルストーン」

前に教えたのに覚えてないわけ?みたいな顔をしながら、ドリスは淀みなくスキルストーンの名前を挙げていく。こっちだって好き好んでお前の分まで財布管理とかしてるわけじゃねえんだバーカ。言ったら乱闘になりそうなのでやめておいた。

「アナタもよくやるわね」
「“味方なんですから”これくらいはまあ当然ッスよね」

水面下でどこまでも腹の探り合いを続けている。
果たして外からはどう見えているのだろう。取り繕えているのだろうか。