Day13:海中島の海


いつもと同じ要領。キノイが敵を見つけて合図をしたら、後ろの二人が準備を整える。それからキノイが前に出て、何よりも先にエリーの魔力が光の尾を引いて相手に突き刺さったり、あるいは自分たちに何か良い影響を及ぼす。一つ前の戦いは前者だった。光というのは、海の中では大変いい目印になる。
海に深く潜っていくと、届く光の量はどんどん減っていき、十メートルも潜れば真っ青な世界。さらに深くを行けば、人の目では色が判別できなくなる。キノイが到達しうる最も深いあたりだと、色どころか何も見えないはずだ。暗闇にしかならない。だからキノイは、陸だととにかく夜目が効いた。ドリスもキノイほどではないにしろそうのはずだから、海に潜るとき、キノイは常にエリーを気にかけている。ドリスのことが嫌いだからではない。彼女が人間だからだ。人間は脆弱な生き物だということを知っているからだ。

「どっこまで行っても似たような景色っすね。これホントにレッドバロンにつながってるんスか?」
「キノイが言うんなら、そうなんだろうね……そろそろ、何かありそうだけど」
「レッドバロンと限ったわけでもないじゃない」
「そうッスけど」

代わり映えしない景色の中で迷わないのは、キノイがこれでもかと細かくマッピングをし、通る場所にさり気なく目印をつけてきたからだ。キノイは探索に行く時、とにかく真面目で、とにかく淡々と仕事をするかのごとく形式的に二人を誘導し、そして引き際の見極めも誤ったことがない。今のところは。
陸の上だとよく跳ねて喚く魚だが、水の中ではとことん静かなのだ。そうあるのが当然のように、キノイの先導で今日も進んできたが、あまりにも景色の変化がない。
遺跡探索を進めた人たちは、新たな海域を見つけたと聞いた。だからそろそろ自分たちも何かがあるはず――そう思って進んできているが、今日もこのまま行くと、そろそろ帰ろうかということを検討しだす頃合いだった。

「まあレッドバロンじゃなくてもなんでも……そろそろなんかあるはずなんすよ。ていうかないわけがないんすよね〜ハア〜」

そう思えど現実は悲しい。本当になにもないのだ。
まあもう尻尾十振りくらい泳いだら、帰ることを提案していい頃だ。そう思って、大きな石像の横――そういえば石像は初めて見た気がする――を通り過ぎた。

「――うわっ?」

思わず杖を立てた。数度杖の光を点滅させるのは、最初の取り決めで決めた合図の一つ。安全の確認が取れるまでその場で待機、長い点灯と短い消灯が三度繰り返されたら、進んでよし。

「島だ」

眼前に広がったのは、島の一群だった。
海の中である。それでも島と呼ぶ以外の選択肢はない。アルカールカでも似たような景色は見れるが、それらは珊瑚を大地にして形成されたもので、一帯に浮かんでいる島というのは、キノイも初めて見る光景だった。
世界は広い。知らないことが、あまりにもある。

「……」

敵影はなさそうだと判断して、杖の先を光らせる。後方から泳ぎ寄ってくる気配をふたつ感じて、振り向いた。

「ここレッドバロンじゃないっすね!!」

灼熱の海ではない。それはもう間違いなくない。体感水温はさして変化がないのだから当然だろうが、キノイはそれよりも自分が茹で上がらないかを結構真剣に心配していたので、ひとまず安堵した。

「ふぅん……どこだろうと私たちのやることに変わりはないけれど」
「もしかしたら、願いを叶えたくていた人たちは、また別の海に出ているのかもね」
「だとしたら面白いッスね。まあ何にせよ、新しいところに出れそうなのは良かったっす。だって飽きますもん」

今まで通ってきた場所よりはずっとずっと、視界の中に変化がある。
海の中に浮く島が、眼前に山のように存在している。どこを見ても代わり映えしない景色よりは、遥かに面白く、知的好奇心を刺激された。

「じゃあ今のうちに、場所の記録とかやっちまいましょうか」
「そうだね。まだ、敵の気配もないし」

キノイはとにかく水中探索に手慣れていた。スキルストーンの使い方も早々に頭に叩き込んだので、これが場所の記録もできることを知っている。そうでなければ毎度毎度、地図を頼りに進むのは――できなくはないが。やろうと思えばできるが、スムーズな探索にスキルストーンが不可欠なことはわかっている。ならば使い倒すだけだ。

「ねえ見て、ドリス。ドリスはあんな風な景色は、見たことある?」
「いいえ。アルカールカにもこんなところはないわ」

後ろから感激するような声が聞こえている。話す声をバックに手早く準備を済ませ、自分も合流しようと振り向いたところだった。

――振りかぶられる石の腕。

「ドリス!!退け!!」
「!」

それだけ叫べば十分だった。水をひとかき、猛烈な勢いで推進力を生み出して、石像と距離を詰める。エリーの手を引いてその場を退いたドリスと入れ替わりになるように同じ場所に収まると、石と石がぶつかりあった。腕に響く衝撃。とにかく態勢を整える必要がある。

「キノイ!?」
「おー……ッぉおああーーーーーッ!!」

気合一つ、腕を一本押し返すのには十分である。石杖を振り抜いて相手を押し返して、その反動でドリスたちの方まで寄っていく。視界に見える石像は三。
三人で背中合わせになって、周囲を見渡す。

「……囲まれたわね」
「ははっマジか。マジっすか?石像が動くとかどういうエンターテイメントだよ、お断りしたいっすね」

つまり、自分の視界にない背後にも、ドリスとエリーが見ているところにも、動く石像が存在しているわけだ!
万事休すというべき状況ではある。けれども、キノイもドリスも、慌てることはない。

「ど、どうしよう……これ、もしかしなくても、イフリートみたいな……」
「恐らくはそうでしょうね」

いつも通りの冷静な声に合わせて、少しばかりドリスの口角が持ち上げられた。
キノイも、いつものような飄々とした顔でいる。ドリスにひとつ、黄の目から目配せがされた。

「いつもの態勢取るところからッスね。囲まれたままじゃあどうしようもない」
「……エレノアさん?泳ぐ準備はいいかしら」
「う、うん。私はいつでも」

石像が動き出すのは、さすがに想定外だった。そういう文化はない。冷静になると岩のフリをして捕食するような奴らはいくらでもいるので、それらと一緒にする――と、気づけなかったのがちょっと悔しい。次は絶対にない。
そう思い直して、何らいつもと変わらない調子で告げる。人間を心配させないために。

「ならいいっす。ひとつぶっ飛ばして包囲を崩したら一気に抜けます。あとは俺が壁になるんでいつもの通りっすよ」
「数が多いだけよ。何の問題もないわ」
「余裕ぶっこいてられるといいんすけどね」
「アナタもね」

三つ数えたら、ドリスが魔力の矢を放つ。そうしたら、足の速さに自信のあるエリーから抜けていって、最後にキノイ。最悪囲まれたって、むしろ望むところだ。
それが“今求められていること”なのだから。

「……」

ごく小さな声でのカウントダウン三つ。
――そして閃光を伴って放たれる、岩をも穿つ魔力の矢!