Day14:足元から着飾る


新たな海。
それも海中島の海《アトランド》のみならず、渦潮の海《ストームレイン》まで見つかったとあって、協会周辺は賑わっている。
ストームレインの秘宝がどうの。アトランドを守護しているのであろうガーゴイルがどうの。話題には事欠いていないが、今日用があるのは、協会ではない。

「……」

キノイは今、女子(と呼びたくないのが一人いるけど)たちの買い物の荷物持ち係として大奮闘している。

「ハア〜……」

女子の買い物は、長い。深海人のメスでもそういう経験があるので、大変良く知っている。正直まだ全然マシな方だと思える荷物を杖の先に引っ掛けて持ちながら、キノイは靴屋の中の二人を眺めていた。
曰く、クソネーレーイスのために靴を買うのだと。キノイたちは当然ながらこの格好で陸を行くこともあるので、今履いているのは支給された靴だ。ちなみに太ももまで覆っているのは別添のカバーなので、ロングブーツとかいうやつではない。
ああでもないこうでもないと、アビス・ペカトルの足枷の邪魔にならなさそうなサンダルを次々持ってきては試着させているエリーを見ていると、別段悪くもないか、とも思った。
早い話が心配だったのである。キノイとドリスは“昔なじみ”という設定で彼女に接しているが、彼女はここに一人で来ている(らしい)。そしてよりにもよって、魚とネーレーイスという組み合わせのところに捕まってしまって、今に至っているのだ。何かまずいこと――具体的に挙げれば、彼女が探索に音を上げて元の世界に帰るなどする――があってはこちらも困るので、できる限りで彼女のことを尊重し、心配し(そして利用し)てきたわけだが、見ている限りでは問題なさそうだ。なんか普通に仲良さそうに見えてきた。

「……」

手持ち無沙汰だ。
買い物リストは上から少しずつ埋まっていた。新しい海域に出るために、入念に準備をしよう、と。そのつもりでいろいろな取引に顔を出し、気持ち節制し、今日のこの日を迎えているわけである。
そして明日から、早速新しい海域に出向くのだ。新調した服やら何やらを着て、よく磨いたスキルストーンを持って。

「……まだっすか?」
「ごめん、もうちょっと。二つまでは、絞れたんだけど……」
「ン。ちょっと待つッス、いくらッスか?買えそうなら別に二つ買っちゃってもいいと思うんスけど」
「え、だ、大丈夫?」
「エレノアさん、いいのよ。あまり気にしないで?財布と荷物持ちのためについてきてもらってるんだから」
「うるせーっすよクソネーレーイス!!選んでもらう側で態度がクソデカなんじゃないっすか!?」

とはいえその通りである。三人分の財布を握っているのはキノイだし、金銭面の計算に慣れているのもキノイ。そしてこの先仮に財布の中身が悲しくなったとしても、調節するのもまたキノイなのだ。
なんなら前日に、ガーゴイルの襲撃を退けてから、エリーの相談を受けて嬉々として使える金額の計算を自発的にしたくらいである。下働きっぷりが板についていてちょっと悲しいのは、この際脇に置いておくとして。

「ああでも、全然行ける行ける。大丈夫っすよ、なんならエリーさんも二つ」
「えっ。いいの?」
「アナタがそう言うのなら、大丈夫ってことなんでしょ?責任は」
「俺が持ちますからね。そうっすね。ハイ。その通りです」
「分かってるじゃない」

思うことはいくつかある。たとえば、探しものなんて目的に付き合わせないで、彼女はバカンスしてたっていいんじゃないか、とか。あるいは、彼女の目的のために、探索を進めていてもいいのではないか、とか。
それが叶わないのであればせめて、探索以外のとき、少しでも自由であれるようにするのが、自分の役目ではないか、とか。あまり気負ってほしくないのである。
個人的な感想ではあるけれど、彼女はきっと、そういうことを背負い込むタイプだ。キノイはそう思っている。理由を問われたら野生の勘で片付けるが。

「じゃ、じゃあ……えっと、もう少し、見てても、いいかな。ドリスはこれでいい?」
「ええ、いいわよ」
「ごめんね、待たせちゃって。キノイも何か、見れればいいんだけど」
「俺はどうせ次で付き合わせますからね!いいんすよおあいこです」

荷物一個につきナマコ一個っすからね!と、ほんの冗談のつもりで言ったら、エリーはかなり本気にしているらしかった。ここまでで既に二つのナマコが献上されることが(彼女の中で)決定しているらしく、昨日に至ってはナマコってどこで売ってるの……?と真剣な顔で聞かれてしまった。ごめん。でも協会の裏曲がってすぐくらいのナマコ屋が一番美味しいです。
クソネーレーイスも扱い次第で別にそんなに腹が立たない、ということが分かってきたので、この三人で進むのは、全然悪くなさそうだと。

きっとこの先も問題なく、進んでいけると。
何の根拠もなしに、キノイはそう思っている。

「アナタもその無駄にヒラヒラした格好、どうにかしたらいいんじゃないかしら」
「うるせえ!どうにかするために買い物来てるんスよ!!」

前言撤回。クソネーレーイスはどうあっても死ぬほど腹が立つ生き物だった。