Day15:二週間どころではなく


女子二人が靴を買ったあと、キノイは彼女たちを防具屋に付き合わせた。
と言っても狙いは完全に定めていたし、あとは値段交渉と採寸くらいだったので、靴で悩んでいた時間よりは短い。体感にして半分くらいだろうか。
金属のものは絶対に身につけたくないので自然のもので、そうなると鎧に適しているのは甲殻類の殻か、貝殻かになる。なかったらどうしようかと思ったが、やはり海の世界テリメイン、同じようなことを考える人(生き物?)はそれなりにいるらしい。届く頃にはアトランドの詳細も分かっているだろう。たとえばレッドバロンのように、熱に強い魔物たちがいるかとか、そういうことが。

「……」

二週間。二週間が経っている。そのはずである。
この海を取り巻く流れは、目まぐるしく変わっている。新たな海域への道の発見。立ちはだかる魔物。今行われているらしい大会(これは興味がなかったし、二人セットで行動しなければならないことが枷にしかならないと判断した)。
大会ももうじき終わるらしい。流れる海は滞ることを知らない。何回か寝ればまた新しい流れがやってきて、あっという間に押し流されるだろう。
押し流されないように――たとえばせめて魔物たちに負けないように備えていくのも、ひどく手間のかかることだ。店に並ぶスキルストーンやチューンジェムとにらめっこして、思考を巡らせて、どうの。

「あ゛ー」

要は疲れたのである。新しいスキルストーンのリストは結局放り投げた。
考えなければいけないことが多すぎるのだ。ただ先に進めば済むような身分なら良かったが、そんなことはない。如何にしてアビス・ペカトルを出し抜くか、足元を掬われないか、常に警戒している。相手は罪人だ。何をしてくるかわからないのだ。幸い理解があるというか頭がちゃんと働くタイプで、今一番いいのが探索を進めることであるという認識が一致していることだけは、救いだと思った。命の心配までしなくちゃいけないとあらば、ほんとうにやっていられない。地獄か。ここはすでに地獄だぞ。
とはいえ、キノイの頭はめちゃくちゃ単純にできていた。エリーが荷物持ちのお礼!と言って置いていった焼ナマコがめちゃくちゃおいしいので、もう結構元気である。おいしいご飯は精神の安寧!ちょっと奮発して今日もおいしいご飯にするか迷ったが、買い物の調整があるのでしばらくは耐え忍ぶことにする。別に奮発しなくても、このホテルと提携しているレストランのご飯、ふつうに美味しいのである。うまい飯サイコー!!大正義!!
どのみち頭は疲れたので、少しばかり休もうと思った。もし出掛けるようなことがあるなら、ドリスかエリーが呼びに来る。エリーが呼びに来ても大丈夫なように、水に浸る位置まで下げたハンモックに転がった。


――


リックリマーキナ・アンタラクティカは、これより長い休暇に入る。――ということになっている。
向かうはテリメイン、アルカールカでは眉唾ものの未開の海域。ほのかに透けた指が確かに書簡を受け取り、それを肩掛けカバンの中にしまいこんだ。

「では、行ってまいります」

あくまでも公式的には、長い休暇に入ったことになっている。とはいえまだ伝令隊の末端なので、そう疑うようなやつもいるまい。動きやすい身分のものが動くのが一番だと思っているし、ライニーシールももはや早々身動きが取れる身分ではないのだ。隊長格はそういうものだ。眉唾ものの未開の地域――異世界にこれから行く。神の加護を受けて帰りを約束されながら、だ。知ればよく思わない深海人も確実にいるだろう所業を、リックリマーキナは引き受けたのだ。

「気をつけろよ」
「大丈夫です。揺蕩う海藻の神ならず、天啓たる海流の神の助けも得られています。――ぼくがアビス・ペカトルの手にかかることはないでしょう!」
「手にかけてくんのはアビス・ペカトルだけとは限らねえだろうがよ」

なんか心配になってきた。
顔こそ自信に満ちたリックリマーキナの肩を叩くと、どこからともなく声がする。

『心配は要らぬ。だが保証もせぬ。我らが結んだことは、これをテリメインに送り、そして無事に戻すことのみよ』
『早い話が、一応彼の隠密能力に補正は掛けてありますが、正面切って出くわしたりなどしたら知らねえよということですね』
『要らぬ通訳をするな!』
『すいません。私は親切なので』

それきりである。
アルカールカの端っこ――とはいえだだっ広い海で、まるで区別はつかないのだが――にいるのは、リックリマーキナとライニーシールの二人だけだ。

「……はい。はい」
「……キノイーグレンスの尻尾引っ張んねえようにしろよ」
「はい!」

泳ぎ出していくのを見送る。
泡も何も見えなくなるまでそうしていて、ライニーシールは振り向きざまに短剣を抜いた。

「そういうのはちょっと許されないね」

海中を飛んで岩に刺さった鮫の歯のごとく鋭い短剣は、寸分狂わず一匹の小魚の頭蓋を縫い止めていた。見ただけで誰のところから来たか分かるような術式は、隠す気がサラサラないのだろうか。隊長格に喧嘩を売るにしては、あまりにも粗雑にすぎる。

「あーやだやだ……めんどくさくなってきたな、この海も……」

息絶えた小魚に、目をくれることもない。
そのうち何かが“片付けて”しまうのだから。