Day16:祭りの終わりは夢の終わり


――さて。
思っていたよりもこの海、前に立つということが厳しいのである。

「……」

次の相手の情報を眺めながら、あっこれは勝てそうにないなあ、と苦笑いする。
何故か知らないが“溺れることのない”ユーエ(ちなみに溺れないのはダグラスもだ)は、そこら辺で拾ってきた錨(予想していたとおりに全然当たる気配がない!)を振り回して前に立っている。前衛。別に不思議でも何でもない、当然の位置だと思う。本の中でもそうしていたからだ。ダグラスとアドが自分より後ろに立っているのは、本の中でもそうだった。本当に僅かな間の、もう朧気になった記憶。

「……ユーエ?」
「ダグラス。わたしね、次もやっぱり普通に負けると思うのね」
「……だよなぁ。俺もそう思うわ……」

ダグラスは、薬を投げているつもりが何故か魔法の矢やら熱波が相手に飛んで行くのだ、と、神妙な顔をしていた。不思議だ。別に銛は普通の銛だし(ユーエが使ってもアドが使ってもそんなことにはならないのを確かめた)、アドは別段いつもと変わりなさそうというか、彼のサポートはとにかく的確だった。
何故か彼だけ不思議なパワーに満ちているのは、もうこの際どうでもいい。普通に彼のその謎のパワーのおかげで勝った試合がいくつもあるし、最近ようやくユーエも錨の扱いに慣れてきて、それなりに試合に貢献できるようになってきたところだ。

「ねえ」
「ん?」
「楽しい?」
「……」

唐突な問いに、ダグラスは固まるしかできない。楽しいかと問われたらできたら早くこの大会には終わってほしいし帰りたいんだけど、久々に会う見知った顔と話をしたり飯を食べたりするのは楽しい。足したら、まあ、プラスにはなる。

「……まあ……楽しい、……ユーエとかアドと、一緒になんかできんのは、楽しいよ。なんで闘技大会なんか……とは思ったけどさ、もう会う機会なんて」
「そう、ならよかったのね!」

続けようとした言葉を遮って、ユーエがわっと喋りだす。

「わたしね、無理やりダグラス引っ張ってきちゃったから、その辺心配してたのよ、少し」
「少し」
「うん」
「少し……」

本の中の、一番記憶にある彼女より随分と短くなった髪を、当時と同じようにポニーテールでまとめている。その横顔に、ほんのり影が差す。

「わたしはまだ、まだ待ってるだけしかできないから……ずっとそれだけっていうの、正直ね、どうにかなりそうって思うけど、こうやって、息抜き……息抜きなのね?息抜きできて、よかったかなあって、思ってるの」

青い面影。
彼女が悲しみに揺れていた頃、ダグラスは妹と二人で“彼女”に会いに行って、少し、話した覚えがある。
まだ続いている。続いていた。いつか見た頃よりもずっと真っ当な顔をしていたから、終わっているかもしれないという淡い期待を抱いていた。期待するだけしておいて、問いかける勇気はなかったけれど。

「……ああ。なら、よかったよ。俺も」

それは現況が知れたことなのか、それとも彼女の言葉に対してなのか。判別をつけようとは思わなかった。
きっと分かってくれているだろうと、思って。

「ダグラスはやさしい。いつだってそう、今もそう」
「……そりゃどうも」
「わたし、好きよ、ダグラスのそういうところ。だからダグラスは、きっと明日も明後日も、その先もずっと、幸せに生きていけるの……」

なんて声をかけるべきなのだろう。そうダグラスが頭を捻っているうち、ユーエの話題はあっという間に関係ない方向に逸れていった。

「でねダグラス、今日もし勝てたらなんだけど、こないだウワッ高ッて諦めたお店に行くのはどうかしら!!」
「もしかしなくてもそれを言いたかっただけとかそういうオチだったりしませんよねユーエさん」
「しないのね!今日の相手がどう考えても負ける気しかしないからやる気を出してみたかっただけよ!」

もうちょっと、どうするか迷える時間はある。
あとちょっと、大会期間はそろそろ終わるだろう。
もう少しだけ、三人で顔を突き合わせて、どうでもいいことで笑えるのなら。

「……考えとくよ」

多少の財布のダメージくらい、きっとどうってことはないはずだ。