Day23:見えない海の下


知ってこそいた。第八小隊の隊長格とその近辺の数人が、反女王派であることは把握していた。
だからこそ、だからこそそう、今とても納得をしているのだ。目の前の相手の発言に。

「……でェ、さあ。自分の隊の厄介者を左遷してまで、伝えたかったことは何?」
「そ、そんなことはしていない、するわけないだろう、」
「そろそろ弁解になってねー弁解も聞き飽きたって言ってんだ」

こちら側のバックに神がついていることを知られるのも面倒だが、それはそれ。
リックリマーキナ・アンタラクティカは無事にテリメインに到達したが、それを追跡し、挙句戦闘を仕掛けた第八小隊の魚がいる。私たちのバカンス(はぁと)を邪魔してきたので殺しますね!と高らかに宣言してきた天恵たる海流の神は間違いなくそうするだろうし、そうなるとどうやっても哀れな魚が一匹処刑されたことになる。そうでなくとも、これまでテリメインから帰ってきたという魚がそうそういないのだから、事実上の左遷だ。
ライニーシールは湾曲した短剣の刃を相手に向けたまま、淡々と話す。

「そもそも誰だ。あの書簡を独断で作ったやつは」

ありとあらゆる処理が甘かったのだ。連絡を受けて確かめに行った書類作りの場には、ご丁寧に使った版が残されたままだったし、書類の形式で持っていかれるはずだっただろう作りかけ(――あるいは承認を得られず捨て置かれたゴミ)も見つけられた。紙の形式で留めおくのに大変なコストのいる海だからこそ、と言えるかもしれないが、それにしても詰めが甘い。

「誰の差し金だ」

言葉の続きを促そうとして、――明確な殺意に気づく。
身を翻してその場を離脱する。避け損なった相手の魚に深々と投擲された槍が突き刺さるのを見て、ため息を吐いた。

「……ウミツバメさんちょっと、殺意高すぎません?」
「手が滑りましたわ」

リッセアスカニアだ。
するりと滑るように槍を握り、そのままぐりぐりと傷口をえぐり広げながら、なんでもないことのように言う。

「大混乱です。どこもかしこも」
「だろうなあ」
「第一小隊隊長がそもそも姿が見えず、発された除隊の命は基本的に親女王派。となれば疑うのは反女王派となりますけれど、第四小隊長は何も知らないという話ですから」

アルカールカ海底騎士団は、混迷を極めていた。
突如として発された複数の除隊命令と、それに伴う反女王派の襲撃の対応にてんてこ舞いだ。キノイーグレンス一人の除隊命令など、正直言って大したことではないレベルに海が荒れている。

「とりあえず“何でも屋”に……細かい調査は頼んできたが」
「ああ、エステルラの」
「そう。まあ古い知り合いなんでね、俺には良くしてくれるさ」

小波のうちに何もかもが――片付くわけがねェんだよな、と。
そう言った横顔は、この先を憂いるものではなかった。むしろさも楽しみだと言わんばかりに笑っていた。

「私たちは――この混乱を鎮めることが先決です」
「その通りだ。……女王様が起きりゃあ早いんだろうけどねえ……」
「それを良しとしないのが……あの反女王派の魚どもでしてよ。女王の言葉など要らないと言う……」

槍が引き抜かれる。
無残な姿になった魚が一匹、ゆらゆらと流されていった。

「いやぁ、俺はね。俺は――両方どっちもどっちだと思うんだけどね、それでも……自分の育った海が荒らされてるのが嫌、っていうだけだよ、俺はね。じゃあやりましょう、リッセアスカニア殿」
「ええ。別の思想を持っていようとも、同じ方向を向いているのなら、今は協力するときです」
「その通りさ。あとそもそも俺は、めんどくさいことはそんな好きじゃないので……対立する気はないです。せめて対話をしよう」

行きましょう、という目配せ。
応じたライニーシールは、静かに水を蹴る。