Day6:海中巡航ホテル“八四〇一”

(:Regalis Day6:Reis Day6と同時間軸)

「で、ッスよ」

神妙な面持ちで切り出したキノイにつられて、私は姿勢を正す。どこかぼんやりしたような顔をしていたドリスも、視線を彼に向ける。
三人で探索に向かうこととなって、最大の懸案事項。それを今から、話し合うのだ。

「とりあえずそれっぽいところはリストアップしてきたッス。エリーさん付箋ありがとうございましたッス〜」
「ううん。キノイこそすごいね、こんなに」
「へへ。それほどでも〜」

机の上に置かれた、一枚の紙。それ自体は、近くの店で買い求めた物だった。身近な日用品であるこれの値段に驚くキノイの姿を見て、やっぱり違うところのひとなんだな、と実感したりもしたのだけれど。
記されているのは、協会周辺にある宿泊施設の情報。紙の空白を惜しむように、びっしりと書かれていて、私があげた付箋が所々に貼られている。これを調べるのもまとめるのも、とても大変だったと思う。今の宿だって、海のものである彼にとっては快適と呼べるものではないのだし。こういったことは慣れているから、と言っていたけど、騎士って、書類仕事なんかも慣れっこなんだろうか。いまいち結びつかないけれど、彼がそう言うのだから、そうなんだろう。
ざっと、いくつもの付箋が貼られた紙に目を通す。ピックアップしてくれたものは、私たちの必須条件を、ある程度は満たしてくれるものばかりだった。
――ただ。

「……で。まあ、なんか、俺達の条件綺麗に満たしそうなところって、なかなか難しいっすね」

キノイがそう呟いたのに、頷く。
キノイは水の中がいい。ドリスもどちらかと言えば、水の中がいいのだろう。対して、私は空気がなければ生きていけない。人間だから、それは当たり前と言えば、当たり前なのだけど。誘われる形で行動を共にすることにはしたけれど、私の都合で彼らを陸の宿に留めるのは、気が引けたし、かといって、水の中の宿では、私が窒息してしまうかもしれない。……ただ、水の中で眠るのを試したことはないから、やってみたら案外できるのかもしれない。けれど、失敗したらそれでおしまいだ。笑うに笑えない。
上手いこと、水と陸、二つの条件を押さえた宿。そんな宿が、あるのだろうか。
そう思いながら、紙に綴られた文字を読んでいたところで。

「ここでいいじゃない」

ドリスが、そう言って示した場所に、目を移す。
『海中巡航ホテル“八四〇一”』。
巡航、ということは船、なんだろうか。海中、という文字に一瞬不安がよぎったけれど、下に書かれた文面を辿るうちに、それはすぐに溶けて消えた。
『有酸素生命体のお客様、酸素を必要としないお客様』、『その他さまざまなご事情を抱えたお客様、どなたでもご宿泊頂けます。』。
……なんというか、渡りに船というか。私たちの条件をそっくりそのまま叶えるような文言に、わあ、と小さく声が出た。

「ハア?」
「だって。もう完璧でしょう?私とキノイは水中の部屋でいいし、エレノアさんは空気のある部屋ですむわよ」
「ッスけど、えー」
「他に候補でもある?」

二人が交わす言葉をよそに、私は文面を追う。海賊や賞金稼ぎも泊まれるのは不安要素だけれど、基本的に諍いは禁止、やるなら外で、なら、事を構えなければ、彼らの目に留まることはないはず。色んなひとがいればいるだけ、多種多様な姿を見ることになるだろうし、ひとりひとりでは目立つ私たちも、上手く紛れられるだろうから。

「エレノアさん?どうかしら」
「本当だ。ここ、とても良さそうだね」

ドリスに問われて、頷く。拠点としては、申し分ない。むしろ現状では、最高の部類に入るんじゃないだろうか。

「そっすか?やっぱそうっすよね?なーんてったって水陸両用、ついでにちょっと訳アリでも全然セーフ!な感じでそう、なんかアレっすね、離れられないくらいじゃ屁でもねえって人いそうっすもんね」
「私たちは別に陸にいるからって死なないけど、アナタにとっては重要な問題だものね」

言葉はどうあっても、二人も文句はないようだし。ここに、ほぼ決まったようなものかな。そう思うと、正直、ほっとする。これだけ好条件の宿があってくれてよかった。さすがに、拠点が決まらないままだと、色んなところに支障が出かねないのだし。
ぽんぽんと言葉を交わす二人を見ながら、紙をまとめようとして――ふと、視線を落とした先の文字に、目が留まった。

「アンテルテ・ラボ」
人工生物「イカナメクジ」と融合した巨大な移動型の研究施設。


移動型の研究施設。それも生物と融合した、なんて。

――気になる。

そういえば、三人が共に住める拠点を重視しすぎて、研究をする場所がある、というのを、拠点の条件に入れていなかった。
私の研究対象は魔術だから、なるべくなら、ある程度の広さをもった場所が欲しい。資料である魔術書を置いておく為もあるし、魔術を組んだ上で試しに行使してみる必要があるからだ。使ってみてわかることは、たくさんある。
ホテルはそれなりに広いようだけれど、研究の為とは言っても備品を破損しようものなら、あまりいい顔はされないだろうし、諍いのもとになりかねない。
けれど、こっちのラボなら、そういったこともできるかもしれない。建物と融合している人工生物に、影響が出ない程度なら大丈夫だろうか。
ある程度の情報はキノイが記してくれていたけれど、さすがに細かいことは文章だけではわからなかった。これは一度尋ねてみた方がいいかもしれない。
拠点と決めた(に近い)ホテルだって、実際に見に行かなくてはわからないことも多いのだし、そのついでにでも行ってみよう。
そう思って、顔をあげる。

「ね、早速だけど、一回行ってみない?まだ部屋が空いているかも気になるし。あと、いいところだとは思うんだけど、実際の雰囲気も見ておいた方がいいんじゃないかな」
「そうね。この部屋でいつまでも話してるより、ずっと有意義だわ」
「そっすね!あとでクソネーレーイスに文句垂れられても困るし、行ってみましょうッス〜」

二人の返事に頷きながら、私はアンテルテ・ラボの事が書かれた付箋を、そっと外した。