Day14:足元から着飾る


あの石像の群れ――ガーゴイルとの戦闘を、なんとか無事に終えて。
新しく到達した海、海中島の海《アトランド》と、渦潮の海《ストームレイン》の話で、協会がある街は大賑わい。いつも活気がある街がさらに賑わっていて、ちょっとしたお祭りみたいな、浮かれた雰囲気が漂っていた。

そして、私たちは、今日、三人で買い物をしに来ている。

「――うーん、これ、もいいかな」

協会近くの靴屋で、約束通り、私はドリスに靴を選んでいた。ちら、と目を外へ向ければ、キノイの後ろ姿が見える。本当なら待っている間、キノイには別のものを見ていてもらえればよかったんだけど、魔術的リンクのせいでそれも出来ない。申し訳ないけど、お店の外で待っていてもらうことにして、もう何分経ったんだろうか。ごめんね。心の中で、何度目かの謝罪を繰り返す。早く迎えにいくためにも、今は靴選びに集中集中。
ドリスは魔導具である足首の輪がネックで、キノイが履いているようなブーツや私が履いているストラップ付きのサンダルは履けない。だから、そういうものは最初から除外。そして、なるべく脱ぎ履きがしやすくて歩き疲れがしにくい素材のもの。それでいて、低めのヒールがついたサンダルから選んでいた、んだけども。

「う、高い……」

ここに入ってから思い知ったのは、いいデザインと価格の高さは比例するってこと。いいなって思ったものは、やっぱりそれなりの値段がついていた。カベルで販売されているものは大量生産品が主だから、綺麗だったりかわいいデザインでもお手頃価格だったのもあって、選び放題だっただけに、その感覚のギャップが今は痛い。
デザインが良くってもそればかりで、履きにくかったり、歩きにくかったら意味がない。でも、価格が高すぎるのは予算から出てしまう。そんな感じで、どうにも決めかねたまま、うんうん唸りながら、今に至るまで選んでいるわけで。

「エレノアさん」
「え、あ、うん、なあに?」

ドリスに声を掛けられて、振り返る。
椅子に腰かけている彼女は、ここに来てから、私が選んだサンダルを履いたり脱いだりを繰り返しているからか、苦笑いを浮かべていた。さすがに、呆れただろうか。顔を覗かせた不安に、ちょっとだけ言葉が詰まる。
彼女は気にした素振りもなく、柔らかい声で気遣うような言葉をくれた。

「そんなに悩まなくてもいいのよ。安いものでも、構わないのだし」
「う、だって、ドリスの初めての靴だもの。悩むよ」
「……ふふ、嬉しいわ。エレノアさんに靴選びを頼んだのは、正解ね」

海のひとであるドリスが、陸を歩くために選ぶ、初めてのもの。
どうせなら、いいものを履いてほしい。そして、できる事なら、ドリス自身にも気に入ってもらえるものがいい。購入のための予算はキノイが組んでくれたけど、約束した以上は、きちんとしたものを選んであげたいと思うから。たくさん歩くことになるだろうし、一番いいものを贈るのが、選んだものの役目、だとも思う。

「後で、何かお礼をしなくちゃね。考えておいてちょうだい」
「! う、うん」

お礼、といわれても、何、だろう。ある意味、私のわがままで選ばせてもらってるようなものだから、お礼なんて、いいのにな。頷いてはみたけれど、きっと思いつかない。どうしよう。……というか、今はこっち、靴選びが先!
もう一度、靴が並べられた棚に向きなおる。店内に置かれた、だいたいのサンダルは試してしまった。
この中にあるもので、足首の輪が引っかからなくて、履きやすく、なおかつ綺麗に見えるもの。それと、価格を含めて、予算内で買うなら。

「やっぱり、これと、これのどっちか、かな……」

それぞれ、控えめな花の飾りがついた革製のサンダルで、ブラックと、ブラウン。
本当は、今の衣装に合わせたカラーのものが良いかもしれない。けど、最初に買うなら、違う衣装でも合わせやすいベーシックなものの方がいいと思ったから。さっき履いてもらった時、この二つは、ドリスも良さそうな反応だったし。
どちらにするかは、ドリスに決めてもらおう。そう思って、二つを手に取ってドリスの方を向いた時。

「……まだっすか?」

きい、とドアが開いて、キノイが顔を覗かせる。ちらと見上げた店内の時計は、入ってから数十分後を示していた。うう、そうだよね、ただ待ってるだけって退屈だよね。ごめんね!
せめて彼が退屈する前に終わらせてしまいたかったけど、もうこれはしょうがない。

「ごめん、もうちょっと。二つまでは、絞れたんだけど……」
「ン。ちょっと待つッス、いくらッスか?買えそうなら別に二つ買っちゃってもいいと思うんスけど」
「え、だ、大丈夫?」

さらっと言われて、思わず目を丸くする。
だ、だって、組んでくれた予算から出てしまったら、違うどこかを削らなきゃいけない。そうならないように、あらかじめ少し余裕をもって(多分だけど)組んでくれたのはキノイだ。もう一度、彼の手を煩わせるのは、と思って問いかければ、やんわりと、声が間に入る。

「エレノアさん、いいのよ。あまり気にしないで?財布と荷物持ちのためについてきてもらってるんだから」
「うるせーっすよクソネーレーイス!!選んでもらう側で態度がクソデカなんじゃないっすか!?」

苦笑いしつつ恐る恐る、彼に手にしていたサンダルの値段を見てもらう。
一つでもそれなりの値段、二つ買うと言われていた予算からは出てしまう。でも、どちらもドリスは似合うから、甲乙つけがたかった。大丈夫だろうか、と様子をうかがっていれば、二つの値段を確認した後、なんてことのないように、キノイが口を開く。

「ああでも、全然行ける行ける。大丈夫っすよ、なんならエリーさんも二つ」
「えっ。いいの?」
「アナタがそう言うんなら、大丈夫ってことなんでしょ?責任は」
「俺が持ちますからね。そうっすね。ハイ。その通りです」
「分かってるじゃない」

ど、どうしよう。ドリスの靴を買うためと思ってきてたから、自分のはあまり考えてなくて、ちょっと慌てる。確かに、かわいいな、とか、いいなって、気になるものはあったけど、でも、いいのかな。
まごつきながら、先に手にしていた二足のサンダルをドリスに見せる。これは自分のはさっさと決めてしまわないと、ドリスとキノイをもっと待たせることになってしまう。

「じゃ、じゃあ……えっと、もう少し、見てても、いいかな。ドリスはこれでいい?」
「ええ、いいわよ」
「ごめんね、待たせちゃって。キノイも何か、見れればいいんだけど」
「俺はどうせ次で付き合わせますからね!いいんすよおあいこです」

うう。こうなったらキノイには、あとでしっかりお礼をしなくちゃ、と心の中で決める。ナマコが好きって言ってたから、昨日教えてもらった、彼が気に入ってるお店の、いちばん美味しいのを。絶対。こうして何だかんだで、甘えてしまうことが多いから、お返しくらいはちゃんとしたい。

「アナタもその無駄にヒラヒラした格好、どうにかしたらいいんじゃないかしら」
「うるせえ!どうにかするために買い物来てるんスよ!!」

いつものやりとりに、笑ってしまうのはもう、仕方のないことだと思った。