Day23:エレノア・エヴァンジェリスタ・アルマスの手記 8P目


色々、あった。
二人について、書き出してみる。

キノイーグレンス・リーガレッセリー
アルカールカ海底騎士団に所属する騎士。半年以上、所在が不明だったため、騎士団から除名を宣告された。

ドリスルーブラ・カイリ・メルゴモルス
アビス・ペカトル912番。罪人として、アルカールカから永久追放とされた。


彼らは、嘘をついていた。

仕方ないことだった、とは、思う。
陸の上で満足に動けない状態を打開するために、人が必要だった。彼らも実際、そう言っていたし、その通りだった。
それに、最初から真実を聞かされていたら、きっと、私だって彼の手を取らなかった。
だから、仕方のないことだった、そう思う。

思いはする。その事情に、同情もする。事実も、理解している。恐らくは。

でも。

よく、分からなくなってしまった。
信頼していた。仲間だと、思っていた。
でも今は、

分からない。分かりたくないのが、本音かもしれない。

彼らとも話さなくてはいけない。けれど。
どうしたら、いいんだろう。

[手記8P目:無題]



*****



――私は、かすかな星の光を辿る。暗闇に落ちる、わずかな、天の輝きを。

「ねえねえ、アラルエッダ。あの娘は行ってしまったのね?」

幼さすら感じる、朗らかな声。空を見上げていた目を、一呼吸おいて、暗がりへ落とす。
長い髪を引きずる、小さな少女。綺羅星のごとき輝きを宿した一対の瞳が、こちらを見つめていた。

「ああ、此処ではない世界へ、あの娘自身の未来のために」
「どうして、行ってしまったの? わたし達とだって、言葉を交わしたわ。人だけじゃなく、わたし達のことも見てくれたわ! 優しくかわいらしい人の娘、あの方と同じく、わたし達の導き手となってくれたなら、どれだけ素晴らしかったでしょう!」

語る姿は、まるで、恋に焦がれる乙女のようだ。夢ばかりを、あの娘に見ていたのだろうか。

「……やめておき、ヴィズィシルト。人と、我らと。どちらかに偏ることを、あの娘は恐れていた」
「恐れる?」

ぽつりと、意味を問う声。それはなんだ、と、理解をしようとする言葉。
暗がりへ目を向け、思考する。かみ砕いて見せた所で、理解できるかはわからなかったけれど。

「あの娘は、人でありながら、私達と同じ力を得た。あのひとの命を得て、その命を生きることを、世界に許された。……けれど、得た力の恐ろしさを、天秤をどちらへか傾けてしまうことの恐怖を知って、天秤に触れず、ただ、立ち去ることを選んだのだ」

勢いよく、首を振る気配がした。ぱさぱさと、長い髪がローブに触れるのも。
やはりか。心のどこかで、落胆しつつ納得する私がいた。
ヴィズィシルトは、まだ、幼い。我らの中でも、人に虐げられる日々しか、記憶にない。そして、あのひとの優しさだけを知っている。

「……違うわ、アラルエッダ。あの方の力があるなら、何も怖くなんてないはずだわ。だって、あの方だって、一度も怖いなんて言わなかったもの。いつだって、あの陽の灯りのように、温かくて穏やかだったわ」
「ヴィズィシルト」
「そうよ、私に術を教えてくれる時も、いたずらを叱る時も、いつだって」
「――こら、ヴィズィシルト。アラルエッダを困らせるんじゃない」

違う声。幾分落ち着いた、穏やかな声音。それと、四つ足の、獣の気配。
少女が、跳ねるように名を呼ぶ。

「ベスティ! だって、だって、そんなはずないもの」
「あのね、ヴィズィシルト。あの方と、あの娘は、別のものだ。僕らのように、血族ではない。僕らを置いてどこかへ行ってしまったのも、人であるが故だ。彼らは気まぐれで、忘れっぽいんだから、ね?」
「でも、でもっ、だって、」

癇癪を起してしまいそうな小さな気配に、獣は狼狽えて唸る。

「ベスティアリオス。構わない、ヴィズィシルトの言うことも、片面の真実ではあるのだから」
「そ、そうでしょう?」

星は輝いている。夜空に散らばり、常に輝いている。
人がどれだけ、地を光で覆いつくそうとも。我らが、地の底でもがき続けようと。
ずっと、変わらずに。

「でもね、お聞き、ヴィズィシルト。怖かったのさ、あのひとも。それを、我らに言い出せないほどに。誰にも」

――そう、今更、何を言ったって、変わらない。
私は、あの方の恐怖を、知らないままだった。そして、あの娘にそれを教えられた。

「……そうさな。私にさえも、終ぞ言えないほどに」
「アラルエッダ」

進み出た獣は、悲しみを目に浮かべていた。
私を憐れむ様子ではなく、ただ、悲しいのだと、告げるように。それは、救いでもあり、痛みを覚えるものだった。
本来ならば、本当ならば、あの娘でなく、私が引き受けるべきだったのだ。知っている。理解している。けれど、そうならなかった。
全ては、過ぎ去ったこと。もう、変えようもない、変わらないこと。

「そういうものなのだよ、あのひとが備えていた力と、命というものは、ね」

独りよがりの結論を吐いて、夜空を見上げた。
星は――変わらずに、輝いている。