Day2

計画は完璧のはずだった。
誰も脱獄なんてしないと思い込んでる、あの平和ボケした騎士共に一泡吹かせるはずが、全くどうしてこんなことになってるわけ?



――ここは七つの海と遺跡の世界、テリメイン。
ある日とある組織が、海と遺跡しかないこの世界を調査する者の募集を始めた。その組織こと海底探索協会では今、探索者として登録するための実力テストが行われている。曰く、この世界には危険な動植物がたくさん生息しているから、探索者にも自衛してほしいとのことだ。
そんな協会の募集に、登録希望者が殺到した。その数はゆうに1000人を超えているらしい。
ここで一つ、問題があった。実力テストは探索者一人ひとりに行われる。しかも、それを一人(一尾?)のマリンオークの教官が請け負うというものだから――当然、発生するのだ。テストまでの、膨大な待ち時間が。

このネーレーイスの女も、探索者として協会へやってきた一人のようだ。もうずいぶん待たされているらしく、苛立たしそうにエメラルドグリーンの髪を掻き上げた。続いて舌打ち。こんな彼女でも門前払いということはないので、海底探索協会は懐が広い。
というよりも、彼女は格好からしてただの海精ではなかった。白い手足と首には、暗い青錆色をした枷が着けられているのだ。パッと見た限り、罪人かそれに近い何かを連想するのが普通だろう。
そして、その認識は正しい。

「――探索者No.912、ドリスルーブラ・メルゴモルス!」

このネーレーイス――ドリスルーブラ・メルゴモルスは罪人である。しかもつい最近脱獄をしてきた、とても性質の悪い罪人だった。
ドリスは名前を呼ばれて緩慢に立ち上がり、「何の嫌味なんだか」と毒づくように呟いた。ちなみにこれは本日二度目の言葉で、探索者番号を知らされた時にも言った。ドリスは912という数字が大嫌いなのだ。
そもそも、ドリスはこの場に、いやこの世界に居ること自体が不本意だった。本当なら違う世界へ行って、自由気ままに暮らしているはずが、どうして探索者になんてならなくてはいけないのか。
原因となった人物の顔が脳裏に浮かぶ。ああ忌々しい。今は近くに居ないのだから、考えなくてもいいものを。
すぐに忘れることにして、ドリスは試験会場へと歩き出した。

今回の実力テストはあくまで試験であり、軽い手合わせのようなものらしい。いまいち張り合いは感じられなかったが、しかしドリスにとっては魔力を揮える久々の機会だった。
腹いせくらいにはなるかもしれない。

「ぶちのめしてやるわ」

赤い瞳を仄暗く光らせ、ドリスは薄っすらと笑った。