Day5

 無事にエリーを仲間に迎え入れ、ドリスたち三人は遺跡を探索していた。しかし、それは早々に切り上げ、明日から"未知なる海域"とやらの調査に乗り出すことにしている。今はテリメイン最先端探索拠点で準備を整えている最中だ。
 なぜ、未開の地域調査を選んだのか。ドリスとしては、探索協会から一番近いこの遺跡なんてとっくに探し尽くされてるだろうと見立てをしていた。必要とするマジックアイテムも、もう残っていないのではないだろうか? それよりは、"未知なる海域"の方に可能性があると踏んだのである。それに強力なアイテムの類は、多くの場合、辺鄙な地にあると相場が決まっている。そういう意味でも、未開の地域調査の方が都合が良かった。
 他の二人にもそれぞれの思惑があり、そしてそれは"未知なる海域"で叶えられるようであった。そういうわけで、特に揉めることもなく、ドリスたちは未開の地域踏査に向かうことになったのである。

 テリメイン最先端探索拠点では、最先端のスキルストーンやチューンジェムを揃えて販売しているそうだ。確かに見慣れないスキルストーンが置いてあり、ドリスはその一つ、"ヒートウェイブ"と名付けられた石を手に取る。
 遺跡探索は順調そのもので、今のところ困っていなかった。戦いでは、キノイが前に立って守り、エリーが手広くサポートの役割を果たし、ドリスが魔力で敵を薙ぎ払う。不可抗力と成り行きで集まった三人だったが、戦闘面では意外とバランスが取れていたらしい。
 未開の地とはいえ、一日に探索できる距離もたかが知れている。出くわす魔物が急激に強くなることもないだろう。しばらくはこの調子で探索できそうだし、路銀も限られている。"未知なる海域"の様子を見てからでも遅くはなさそうだ。意外かもしれないが、彼女はそれなりに堅実であり、ひとまずスキルストーンを元の場所に戻した。

 今のままでも、ドリスの魔法の調子は悪くないのだ。自分自身の、本来の魔力はまだ上手く扱えそうにないが、スキルストーンを使った戦いには慣れてきて、率先して敵を蹴散らしている。
 戦闘では、むしろキノイの方が梃子摺っているように見えた。壁の役割は果たしているものの、石杖が重いのか何なのか、どうも敵に攻撃が当たらない。両手に花という状況で格好つかないのはどうでもいいが、戦力外となると迷惑を被るのはこちらだ。自力でどうにかしろというのが本音だが、まあ、補助を考えても良いかもしれない。たとえば、攻撃に乗じて敵を痺れさせるスキルストーンを持っているから、それを試してみるのも一手だ。サポートはエリーの専売特許というわけでもなく、ドリスにもやりようはある。
 キノイの手助けをしてやることが気に入らないのは確かだったが、しかし彼がただの置物になってこちらの負担が増えるより、補助をして、ちゃんと働いてもらう方がよほどいい。すると調子に乗りそうだが、そこは目を瞑ることにする。とにかく、自分の目的を果たすためには、探索が進むことが一番なのだ。
 ちなみにエリーはというと、最初にあれだけ戦闘面を危惧していたのとは裏腹に、ずいぶんと戦えているように見えた。海の生きものでもないのに、ドリスやキノイより素早く泳ぎ、その動きは敵の攪乱にも一役買っている。それに、陸での活動を引き受けてくれているのは、素直に助かった。仲良しこよしになる気もないが、性格面を鑑みた上でも、人選は間違っていなかったのだろうと思う。彼女を見つけてきたというただ一点、そこだけはキノイを褒めてもいい。

 そう、細々としたことは色々あるが、基本的に探索は順調なのだ。
 そんな中、ドリスがただ一つ気に食わないのは、やはりキノイの存在である。
 事あるごとにああだこうだと文句をつけてくるのが、ひたすら鬱陶しい。内容に関しては気にするだけ無駄だし、実際ドリスはあまり気にしていなかった。しかし、とにかく頻度が多いのである。それが単純に面倒くさかった。
 ああいうタイプは下手に言い返したら調子に乗るし、そもそも、逐一反応を返すのが面倒であるから聞き流すのが一番だ。本来ならそうしたいが、エリーがいて、そして自分たちの関係が"悪ガキと近所のお姉さん"である以上、完全に無視するわけにもいかない。面倒くささに拍車がかかる。
 というか、あのポンコツ騎士は罵詈雑言を撒き散らかすと溜飲が下がるのかもしれないが、自分の印象が悪くなることに気づいていないんだろうか? いっそ今度、暴言に傷ついた振りでもしてやってもいいかもしれない。もちろん、エリーの前で。

 それともう一つ、あの騎士には気に食わないところがある。
 ドリスは知っているのだ。彼が手紙を瓶に詰め、海に流していることを。それが、恐らくアルカールカ海底騎士団宛ての救援要請だということを。

「面倒ねェ」

 現状を再確認して、ドリスは呟く。騎士たちは救援のために来るわけだし、テリメインへの対策はしてくるだろう。早々に来ることもないと見ているが、出くわすと厄介極まりないのは事実だ。悠長にしている時間はない。そんなことは最初から知っている。
 ゆえに、ドリスは手段を選ばない。キノイーグレンス・リーガレッセリーを出し抜くため、自身の自由を得るため、使えるものは使うし、良い人ぶることだってする。
 キノイとの魔術的リンクの話をした際、ドリスは困ったように笑って、エリーにこんな風に言ったのだ。

「離れられないのって不便で仕方がないし、困ってるのよね。さっさと魔術的リンクを解いちゃいたいっていうのは、あの子も私も同じだわ。……だから、エレノアさん? 何か分かったら、是非教えてちょうだいね。キノイもきっと喜ぶわ」

 この立場を、最大限に利用する。事実に嘘を織り交ぜて、少しずつ、流れを自分の方へと手繰り寄せる。
 のんびりしている余裕がないのは確かだが、かといって急いては事を仕損じるとも言うだろう。せっかく脱獄して、別の世界に来て、要らないオマケは着いてきたが、それでも罪人という身分を明かさずに済んでいるのだ。状況は決して良くないが、チャンスであることも間違いない。慎重に、思慮深く行動することを彼女は選んだ。
 ドリスは手段を選ばない。使えるものは何でも使うし、良い人の振りだってする。いけ好かない騎士や人間と行動を共にすることも、回りくどい方法をとることだって、構わない――自由を得ること、それさえできれば。