Day8


 ドリスの四肢と首に嵌められている枷は、彼女が気の遠くなるような長い時間をかけて、やっと壊したものだ。ただし、それも決して完璧とは言えない。鎖を断ち切り、魔封じの効力をいくぶん無効にしただけだ。
 枷自体を破壊するには、まだ時間がかかるとドリスは思っていた。ゆえに、枷にひびが入ったのは嬉しい誤算だった。

 "魔封じの枷"というのはドリスが勝手に呼んでいるだけであるが、その名の通り魔力を封じる力を持っている。しかも、彼女が囚われていた牢の中では恒常的な魔力供給があるため、多少傷つけても自動修復する代物だ。今入っている小さな傷なんて、たちまち修復されていただろう。
 その性質から、元いた世界――彩の海底国アルカールカでは、枷を嵌められ、牢に入れられたら最後と言っても過言ではなかった。事実、ドリス以前に"アビス"クラスの罪人が脱獄したという話は、(国の沽券を守るために隠蔽している可能性は置いておいて)聞かない。それほどの効力を持つ枷なのだ。
 しかし、当然ながらここは牢の外。魔力供給も無ければ、自動修復機能も働かない。牢から出さえすれば何とかなるということはドリスも知っていて、だから脱獄を敢行した。

 とはいえ、枷自体もとても頑丈なモノ。魔封じの影響下でドリスが扱える魔力もまだ限られているし、普通なら、こんなに早く傷つけられるはずはないのだが――この海は、普通ではない。
 ここは七つの海と遺跡の世界、テリメイン。海には独自の魔力が満ちている。アルカールカから来たドリスやキノイが影響を受けているのと同様に、アルカールカで作られたこの枷も、テリメインの魔力の影響を受けていると見て間違いないだろう。
 この海にいるだけで、枷はどんどん劣化していく。事故のような世界移動だったが、テリメインに来たのはそう悪いことばかりでもなかったらしい。

「どうしてやろうかしら」

 つ、と枷に付いた傷を指でなぞる。思案するような言葉とは裏腹に、浮かべているのは笑みだ。もうやることは決まっていると言わんばかりに、彼女は不敵に笑う。

 ドリスの目的――キノイとアルカールカに対する勝利条件と言ってもいい――は、枷を壊して、キノイとの魔術的リンクを切り、アルカールカの手の届かない他の世界へ逃げること。
 すぐにとはいかないだろうが、テリメインでなら枷を壊せることが十分に分かった。
 あとはできるだけキノイに悟られずに、いかに上手くそれをやるかだ。