Day9
「うん、順調だね!」
今日もドリスたちは、朽ちた遺跡――未開の地を進んでいた。襲いかかってきた原生生物も今しがた倒したところで、エリーの言う通り、行程は順調だ。昨日までと何も変わらない。
その振りをしている。
「この辺りの敵は、もう問題なさそうね。手の内も分かってきたことだし」
「否定はしないけどデカい口叩くんじゃねえッスよ、この前倒されてたのは一体どこの誰ッスかね〜」
「あら、守ってくれなかったのは誰かしら」
このくらいの嫌味、"悪ガキと近所のお姉さん"なら問題ないだろう。あの時はドリスも敵の前に出ていたとはいえ、敵の攻撃を引き付けることは主にキノイの役目なのだ。
そんな二人のやり取りにもそろそろ慣れてきたのか、エリーは苦笑している。
「でも、ほら、隊列変えてからは良い感じだよね。キノイが前に立って、ドリスが後ろから攻撃して、その真ん中で私がサポートするの」
ドリスが倒された戦闘の後から、彼女たちは戦闘中の隊列を変えることにした。それまでは、攻撃もそう激しくなかったし、敵を早く片付けた方が利があると考え、全員で前に出ていた。攻撃的な陣形だ。
けれど、進むにつれて原生生物との戦いも一筋縄ではいかなくなってきたし、今では各々が扱うスキルストーンにも特徴が出てきた。より明確に"役割"というものを意識した方がよくなり、エリーが言う隊列に至ったのだ。それは今のところ、効果的に機能しているように思う。
「ええ、良い感じだわ。でも……エレノアさん、私の前に立ってもらっていいのかしら」
「全然、大丈夫だよ! 水中での戦いにも慣れてきたし、できることも増えてきたし。それに、動きだけなら、二人より速いんだよ」
確かに、エリーは海での戦闘にずいぶん慣れてきたようだった。ドリスは魔法での攻撃を得意としているが、威力が高い分、詠唱にどうしても時間がかかる。エリーが前に立ち、敵を攪乱してくれると時間が稼げて助かるし、結果的にパーティ全体にメリットがあるのは間違いない。
それでも、ドリスはエリーの心配をする。それが"仲間らしい"と思うからだ。
だからもう少し、心配していることを伝えようとした時だった。
「またあんなことになったら、私、心配だから」
海の中で、鮮やかなオレンジが揺れた。ライトブルーの瞳はこちらを向いて、僅かに細められている。
――今、ドリスに向けられたこの"心配"は、きっと本心からなのだろう。エリーは倒れた時も大袈裟なくらい心配してくれたし、折に触れて気遣ってくれていた。
ドリスの見かけだけの"心配"とは、全然違うものだ。
「ね、キノイもそう思うでしょ?」
「そッスね! クソネーレーイスは大人しく下がってりゃいいんスよ大人しく〜」
エリーに話を振られる前のキノイは、「俺はエリーさんを前に立たせるのは反対ッス」という顔をしていた。が、基本的にキノイは、彼女の言葉に逆らわない。その方が"仲間として"都合がいいからだ。
偽っているのはドリスだけではない。キノイもだ。彼だって、"良き仲間"として振る舞っている。
――かわいそう、というのがドリスの素直な感想だった。自分と彼は、どうしようもなく嘘で塗り固められている。その中に居合わせてしまった、純粋過ぎるくらい素直な人間。
もう少し、マシな仲間を見つけられたら良かったのに。なんてことは、思うだけだ。
「それじゃ、お言葉に甘えてこのまま下がらせてもらうわ。……でも、無理はしないでちょうだいね」
これもまた、嘘。