Day13:海中島の海
イフリートが守る遺跡への足掛かりを無事に得たエリーと合流し、ドリスたちはまた三人で未開の地を探索していた。
このパーティを組んでから――正確に言うと組まざるを得なくなってから――まだ十何日、それでも三人の方がしっくりくるのは、不思議なものだった。主に戦闘での役割分担ができているから、というのが理由としては大きいが、それまでのドリスは(牢獄に囚われる以前からも)他人と一緒に行動することなんてほとんどなかったのだ。これが慣れというものだろうか。
「どっこまで行っても似たような景色っすね。これホントにレッドバロンにつながってるんスか?」
「キノイが言うんなら、そうなんだろうね……そろそろ、何かありそうだけど」
「レッドバロンと限ったわけでもないじゃない」
「そうッスけど」
探索を進めて見つけたものと言えば、先日のカジノ船くらい。それ以外は延々と、変わり映えのしない道中だった。
その景色の中でも進んでいるとはっきり分かるのは、キノイが探索中に細やかなマッピングをしているお陰だ。これも騎士として身に付けた技術なのだろうか。
さておき、進めど進めど景色は変わらず、特に目新しいものもない。他の海域を進む探索者たちは新たな海域への道を見つけたと聞くから、レッドバロンに限らずとも、そろそろこちらにも何か変化があっても良さそうなのだが。
「まあレッドバロンじゃなくてもなんでも……そろそろなんかあるはずなんすよ。ていうかないわけがないんすよね〜ハア〜」
キノイが嘆く。口には出さないが、ドリスも似たような感想を抱いていた。有り体に言うとそろそろ飽きてきたのである。同じことの繰り返しは、楽しいものでもない。
とはいえ、いつまでも探索を続けるわけにはいかない。深追いは危険だ。そろそろキノイが帰る提案をするだろうかと思いつつ、見慣れない石像を横目に泳ぐ。――石像?
「――うわっ?」
キノイの驚くような声、あるいは不審がるようなそれ。すかさずドリスは短く詠唱し、右手に意識を集中させて、いつでも魔力の矢を展開できるようにする。
先行するキノイの杖――海中でもよく届くこの杖の光を、彼は仲間への合図に使っている――を見ると、待機の指示。続いて聞こえた言葉は、
「島だ」
島。確かに、少し先に島の一群が見える。海の中に島が浮かんでいるという現実離れした光景だったが、そうとしか言いようがなかった。
確か、海中島の海《アトランド》だったか。テリメインに存在する七つの海の内、そんな海があったことを思い出す。
――ちかちかとキノイの杖の先が光った。安全確認ができたらしい。ドリスとエリーは、キノイの近くへと泳いでいく。
「ここレッドバロンじゃないっすね!!」
それは間違いなさそうだ。何せ、体感水温に変化が見られない。熱い海というのは経験したことがなく、厄介そうだと思っていたので、辿り着いた先がレッドバロンではないことは幸運だろうか。
辺りは見渡す限り、島、島、島。大小様々、形も豊か。これを一つ一つ調べていくとなると、骨が折れそうだ。また方法を考えなくてはならない――効率的に目的を達成するためには。大方、それは騎士の仕事になるのだろうが。
「ふぅん……どこだろうと私たちのやることに変わりはないけれど」
「もしかしたら、願いを叶えたくていた人たちは、また別の海に出ているのかもね」
「だとしたら面白いッスね。まあ何にせよ、新しいところに出れそうなのは良かったっす。だって飽きますもん」
ドリスは正真正銘、キノイと同じ感想を抱いていたらしい。それはそれで何となく腹が立った。
ともかく新しい海域に出れたようで、それは良かった。セルリアンには大したマジックアイテムも無さそうだったし、もっと奥に進みたいところだ。
「じゃあ今のうちに、場所の記録とかやっちまいましょうか」
「そうだね。まだ、敵の気配もないし」
キノイは早速スキルストーンを使って、場所の記録を始めたようだ。こういう時の彼の動きは手早かった。
その間、こちらにできることはあまり無い。下手に口を出すより、彼に任せておいた方が早いのだ。
「ねえ見て、ドリス。ドリスはあんな風な景色は、見たことある?」
「いいえ。アルカールカにもこんなところはないわ」
海に棲む者でも見慣れないこの景色、陸の人間のエリーにとってはよほど珍しいものらしい。興味深そうな、同時に感激するような声に、ドリスは首を振ってそう返す。
その刹那、
「ドリス!! 退け!!」
「!」
海の流れが変わる。視界の端に映ったのは、無機質な灰色の腕。キノイの叫び声よりもほんの僅かに速く、ドリスはエリーの手を引き思い切り水を蹴った。
また、海が揺れた。入れ替わるように飛び込んできたキノイが、あの腕――石像の攻撃を受け止めているのだろう。
「キノイ!?」
「おー……ッぉおああーーーーーッ!!」
そちらを見ずともキノイが応戦し、ついでに押し返しただろうと思うのは一種の信用であり、その相手が石像というのは推測だ。
しかしこの推測は、間違いなく正しいと思わされた――ドリスの視線の先にも、石像が並んでいる。
「……囲まれたわね」
「ははっマジか。マジっすか? 石像が動くとかどういうエンターテイメントだよ、お断りしたいっすね」
キノイは無事に石像を押し返したらしい。背中に気配を感じる。しかし、囲まれている状況は何も変わらない。
海には岩のような姿をして身を隠す生き物なんていくらでもいるが、あからさまに人工物に見えたあの石像が動くとは予想外だった。不覚を取った形になる。
けれども、ドリスは笑っていた。
「ど、どうしよう……これ、もしかしなくても、イフリートみたいな……」
「恐らくはそうでしょうね」
普通に考えると、窮地だ。新たな海域、見たことも無い敵、不意打ちに近い襲撃。
それでもドリスが笑みを見せるのは、一つは単純にこの状況を楽しんでいるからであり、一つはエリーに余計な不安を感じさせないためだった。
キノイは兎も角、エリーはこういった状況に恐らく慣れていない。であるならば、不安を感じさせずにいつも通り構え、彼女にもいつものように戦ってもらった方が良かった。
それにドリスは、このくらいの相手なら叩き潰せると信じて疑わない。
これは油断ではなく、経験からの自信だ。この三人でかかれば、下手なことが起こらない限りはどうとでもなる。
キノイとも思っていることは概ね同じなのだろう。今回はあまり腹が立たなかった。黄の目からの目配せに、ほんの少しの頷き。
「いつもの態勢取るところからッスね。囲まれたままじゃあどうしようもない」
「……エレノアさん? 泳ぐ準備はいいかしら」
「う、うん。私はいつでも」
実勢か虚勢かはこの際、気にしない。返事があったのは確かで、それなら普段と同じように扱うだけだ。
彼女にしてもある程度の覚悟を持ってこの探索に臨んでいるのだろうし、特別に守るなんてことはしない。その点、良くも悪くもドリスはエリーのことを対等に見ていた。
「ならいいっす。ひとつぶっ飛ばして包囲を崩したら一気に抜けます。あとは俺が壁になるんでいつもの通りっすよ」
「数が多いだけよ。何の問題もないわ」
「余裕ぶっこいてられるといいんすけどね」
「アナタもね」
ドリスは深く集中する。魔力の矢を構築するが、今回は無詠唱だ。
キノイが三つ数えたら矢を放ち、足の速いエリーが抜けたことを確認してからすかさず泳ぐ。しんがりのキノイは囲まれても、それはそれでいい。あの騎士は丈夫だ。むしろ石像がそちらに気を取られたら、狙いを定めやすいくらいである。
何も心配はない。
「……」
カウントダウンは三つ――振りかざした腕、赤い閃光。
魔力の矢は、石像に吸い込まれるように飛んで行った。