Day14:足元から着飾る
靴を買う。
そのくらいのこと、すぐに終わると思っていたのだ。
「――うーん、これ、もいいかな」
ドリスたちは、あの石像もといガーゴイルとの戦闘を無事に終えた。見た目通り頑丈だったが、戦ってみたら、そう大した相手でもなかったらしい。
そして、新たに拓かれた海――アトランドの調査に行くため、今は準備をしている。その一環として、ドリスとエリーは靴屋に来ていた。
エリーに、「素足で歩いてて、痛くない?」と訊かれたのは記憶に新しい。事実、陸を歩くことはドリスにとってあまり快いものではなかった。乾燥していることもそうだし、足の痛みだってそうだ。
それをどうにかする手立てがあるかと問うて、エリーから提案されたのが、靴を買うということだった。
当然、海では素足である。ドリスは靴というものに詳しくないし、エリーに選んでもらっている。というのが今の状況なのだが、ドリスが思っていたより、靴選びは難航しているらしい。
まず一つ、足首の魔導具――ということにしている足枷――の輪が邪魔で、ブーツやストラップ付きのサンダルは履けないらしい。まあ、これは見れば分かるが、そのせいで条件が大分絞られる。
なら、すぐに決まるのではないかと思うが、今度は履きやすさがどうだのデザインがああだの、つまるところエリーは、ドリスが履く靴を真剣に靴を選んでくれているらしかった。
ドリスとしては、陸で歩きやすくなるという条件さえ満たせば、別に適当な物でよかった。いくらなんでもあまりに悪趣味なものは御免だが、エリーのチョイスがそこまで的外れだとも思えない。
そもそも、「陸を苦なく歩きたい」のも、「靴を買いに行く提案に乗った」のも、そう答えればエリーが喜ぶと思ったからだ。その方が都合がいい、とドリスは考えている。
エリーは靴をとっかえひっかえ、ああでもないこうでもないとうんうん唸っている。
それに対して、ドリスは特に罪悪感を覚えるわけでもなかった。人が好いのだなと改めて思うだけだ。
「エレノアさん」
「え、あ、うん、なあに?」
とはいえ、さすがに延々と靴を選んでも仕方がない。彼女の時間も自分の時間も奪うことになるし、これは正直どうでもいいが、一応靴屋の外でキノイも待たせている。
アトランドへ向けての買い物もここで終わるわけではない。まだまだ続くのだ。
「そんなに悩まなくてもいいのよ。安いものでも、構わないのだし」
そんなことを思いつつも、時間を気にした素振りは見せない。柔らい苦笑いに、気遣うような言葉をエリーに向ける。
我ながら猫を被るのが板に付いてきたと思った。
「う、だって、ドリスの初めての靴だもの。悩むよ」
「……ふふ、嬉しいわ。エレノアさんに靴選びを頼んだのは、正解ね」
さっさと買い物を済ませたいのは本心。だけども、自分のために悩んでくれていること自体、悪い気がするわけでもない。
「後で、何かお礼をしなくちゃね。考えておいてちょうだい」
「! う、うん」
何となく気が向いたのだ。そんなことを言ったのは。お礼と言っても、特に無茶振りされる懸念もなかった、というのもある。
エリーはまた、靴が並べられた棚に向き直った。それでもぽつりと聞こえた独り言からするに、大体の目星はようやくついたらしい。
多分、「どっちがいい?」と訊いてくるのだろう。
自分の身に着けるものでもあるのだし、その二択か三択は少し真剣に考えるか、とドリスは思った。