Day17
ドリスにも善悪の概念くらいはあるし、おおよそ人並みと言われているそれに理解だって示す。彼女自身がそれを是とし、従うかというとまた別の話になるが、ともかく善悪というものは分かるのだ。
「アナタって、ワケの分からないところあるわよね」
「ハア?」
だから、ドリスはこの騎士の振る舞いを訳の分からないものだと思っていた。
キノイはパーティの中でほぼ会計担当になっている。今日もいつも通り、不服そうな顔をしながらスキルストーンやチューンジェムをドリスの部屋へと持ってきていた。
用件を伝え終え、彼が部屋を出ようとした矢先、ドリスは何となく気が向いて言ったのだ。訳が分からない、と。
「もうちょっと、人を選ぶタイプかと思っていたけれど。そんなこともないんだもの」
「何のことっすか」
キノイが中途半端な格好で立ち止まる。そのまま無視して部屋から出て行くようなことはしないから、この魚は何というか、お喋りが好きなんじゃないかと思う。どんな相手に対しても。表情は恐ろしく不服そうなそれであったが。
それはそれとて、本題。
「海賊と取引、したでしょう?」
「それがどうかしたんスか」
「アレも罪人のようなものじゃない」
「ア?」
「アナタ、騎士団のくせして。いいのかしら」
純粋な疑問である。
騎士キノイは罪人ドリスを捕らえようとしている事実がある。それは"正義"とやらに基づいている行為ではないのだろうか。
「で、それが何なんスか」
「だからワケのわからないところがあるのね、って言ったのよ」
ただただドリスは気になっていた。では、海賊に手を貸すのは、彼の正義に反するものではないのか?
一般的に海賊は悪であり、探索協会からも取り締まられている。それに手を貸すことは、騎士の倫理観として許されるのだろか。
「よく罪人の金で鎧を新調できるわね。抵抗感とか無いの?」
「ぐちぐちぐちぐちうっるせえっすねどこの姑かなんかっすか!? 俺たちに火の粉被ってないんだし別にいいじゃねえっすかそんなん! その辺が嫌なら自分でやれ!!」
「あら、私は気にするなんて一言も言ってないわよ。早とちりは止めなさいな」
「ハア〜お前のこと聞いてねえッスもういいです!! 俺にナマコを食わせろ!! てめーの口にナマコ突っ込むぞ!!」
何かしら癪に障ったらしい。一気呵成にぎゃんぎゃん叫び出すものだから、こうなってしまったら会話はできない。面倒だ。
推測だが、騎士どもが忠誠を誓うのはあの国で女王だ。多分、その他はどうでもいいのだろう。だから海賊にだって手を貸せる。己の利のために他を虐げる。
やっていることはあの国で罪人と称される自分と変わらない、とドリスは思った。
同時に、そんなものなのね、とキノイに対しても感想を抱く。つまらなかった。
「――別に、アナタのスタンスなんてどうでもいいけれど。そのうち、足を取られないといいわね」
「俺が足取られたらあんたたちも巻き添えですけどね」
「エリーさん、可哀想ねェ」
ドリスは、それこそ自分に害が無ければ、使えるものは使えばいいというスタンスである。が、海賊との取引まで積極的にしようとは思わない。最終的に面倒そうだからだ。
キノイがあれやこれやと動くのを止める気はない。自分でやったことは自分で責任を取りなさいとは言ってあるし、もしこちらに何かしらの害が及ぶとしても、まあその時はその時でどうにかすればいいと思っている。
けれども、あの人間の彼女は?
「それ、本人の前で言ったらどうですかね?」
最大限の嫌味ったらしさがこめられた言葉を吐き出して、キノイは部屋のドアを閉めた。