Day21:治っていく、綻びていく


「っらァ!!」

 豪快な一撃。振り下ろされた杖が、宝箱――ミミックへと沈み込む。
 掛け声と、音でドリスはそう判断する。同時に、斬りかからんと飛びかかってきた古の剣を、熱波で叩き伏せた。

「終わったわよ」
「ちょろいっすね」

 宝箱も剣も、もう動きはしない。キノイは構えていた杖を下ろして、ドリスは軽く腕を振った。
 あのガーゴイルみたく、アトランドには動く無機物が妙に多いように感じられた。これもテリメインの魔力の効果なのだろうか。
 無機物にも十分警戒するようになったから、不意を打たれるようなことはもうなかった。つまるところ、探索は順調である。
 このアトランドを探索し始めてからそれなりの日にちが経つし、そろそろ、次の海域に出るのかもしれない。

 戦闘を終え、キノイはいつも通りマッピングの道具を広げている。
 いつもなら見向きもしないが、今日のドリスは違うらしい。水を蹴り、マッピングの様子を覗き込む――のではなく、キノイを見遣った。

「もうすっかりよくなったみたいね」
「何がッスか?」
「あら。この間寝込んでたの、誰かしら」
「ア?」

 キノイが風邪を引いていたのは二日前の話。ドリスの懸念をよそに、キノイは寝て起きたらすっかり元気になっていた。
 この魚、体力だけじゃなくて回復力も相当にあったらしい。エリーが心配して、看病のために薬やら食べ物やら、あれこれ持ってきてくれたのも大きいのだろう。彼女は相変わらず人が好い。

「もう忘れたの? 魚じゃなくて鳥なのかしら」
「えっトビウオのこと言ってます?一緒にしないで欲しいんスけど」
「アナタ、エリーさんにはちゃんとお礼を言ったんでしょうね」
「言ったっすよ!!あんたほんと人の親ムーブ得意ですね」
「ならいいわ。アナタが前に立ってないと、私たちが困るんだから。しっかりなさい」
「……ッス。気をつけます」

 キノイが少ししおらしく見えた。大方、体調管理ができていなかったっだとかで反省しているに違いない。
 けれども。キノイが体調を崩したのは自分のせいなのだろうな、とドリスは思う。
 キノイが元の海と全く違う環境に来ることになったのも、大なり小なり気を張り続けているのも、どう考えても全てドリスのせいだった。ついでに言うと、彼が海藻食べ放題に行けなくなったのだってそうだ。
 それで、ドリスは罪悪感を覚えるわけでもない。そんなものを感じていたら、そもそも船だって沈めていないだろう。
 自分のために、自分がしたいようにやった結果なのだ。これは。
 ドリスはある種、満足している。
 ただ、思わないことが一つも無い、そういうわけでもなかった。
 
 ふと気づけば、キノイが何か言いたそうにしている。
 いつもならそんな遠慮を見せないのに、珍しいこともあるのだと思った。

「その」
「何かしら」
「ありがとうございました」

 そして、不意の言葉にドリスは目を丸くした。
 看病はした、ということになる。それも付きっ切りで。
 かといって、ドリスはキノイからお礼を言われていないことを気にしていなかった。
 何たって彼は騎士で、自分は罪人である。その事実が変わることはない。
 認識だって同じで、キノイはドリスのことを"アビス・ペカトル"としか見ていないと思っていたのに。

 ドリスは意地悪く笑んでみせた。

「治ったと思ったのに、まだ具合が悪いみたいね」
「ハア?あんまり調子乗ってるとハイパー元気になった俺の杖ラリアットが飛びますけど?骨を折る覚悟あるんすか?」
「元気すぎるのも考えものねェ、本当にアナタってうるさいわ。もう一日か二日、寝込んでても良かったんじゃない?」

 違和感は一瞬。これですっかりいつも通りだ。
 キノイはうるさいし鬱陶しい。
 けどれどもまあ、静かなままでいられるよりはまだ面白みがある、とドリスは思った。



 ***



 いつも通りのこと。いつもと違うこと。
 右手首の枷には、大きくひびが入っている。
 ドリスは一人、それを眺めていた。