04:白鴉、百足を怒らせる

『随分と変わった形のウォーハイドラだな』
『目立つね』
『大きい』

――今までベルベット・ミリアピードに掛けられてきた言葉は、それに類する言葉がほぼほぼ全てである。
自らの感性(と知識)を信じて機体を組んだニーユだが、初めの頃はそれらの言葉ひとつひとつが大変堪えた。“どうやら一般的ではないらしい”と思ったものの、ミリアサービスで数多のウォーハイドラを見るうち、それもひどく大したことのないことだと思えるようになったのである。
些細な事だ。ウォーハイドラの形など、誰がどうしようと一向に構わないのだ。思い描いた形のパーツを手に入れることができて、思い描いたように組むことのできる技能があり、それを動かすことができるなら、何だって構わないのだ。
20mを超さんとする大型のウォーハイドラが、霧に紛れてバイオ兵器を産み落とし、唐突に狙撃砲をぶっ放そうが、それはライダーの自由なのだ。
ミリアピードは、仮に体節の一つが動作停止したとしても、他の体節で十分動きが補えるように作られている。極端な話、操縦棺ごとニーユがぶち抜かれて絶命したとしても、ミリアピードは動作停止しない。実際の節足動物と同様に、各体節ごとに制御系が搭載されているから、必要があれば体節ごとパーツを捨てても、動作に影響は及ぼさない。頭を潰した昆虫が歩き続けられるように。

「――という感じですから、想定されていらっしゃるより被弾リスクは低いですし、装甲は相当厚くしてありますから。極端な例えをするなら、【コルヴス・コラクス】1機分の装甲や制御系が、ミリアピードの一体節に詰め込まれている」

流れるような語調で自らの機体を説明するニーユの前では、ティーカップ(――これは客人相手にひらくもの芦屋さんが淹れてくれたものだ)を片手に、言ってしまえば存在感のない男がひとり、話に耳を傾けている。
――コルヴス・コラクス。自身の機体と同じ名前を名乗る男。

「なるほど。体節同士の接合部分を攻撃されると危険なのでは?と思っていましたが、そんなこともないのですね」
「そこは恐らく、誰もが考える“弱点”です。強化しようがないのなら、逆に考えます。当たってもいいと」
「肉を切らせて骨を断つ、というわけですか」
「そうなりますね。とはいえ、今はもっぱらスー任せですから、私のやることは彼らの帰るところになることぐらいです」

この大柄なウォーハイドラが、戦場では霧の中に溶けてしまうのだ。他の血気盛んなライダーが前に飛び出しているだけと言えばそうかもしれないが、痕跡を残さずバイオ兵器を戦場に送り出し、そして霧の中から狙撃する。
その羽で相手を叩き切ることを主としているコルヴスにしてみれば、まるで訳の分からない機体だった。

「ええと、それで。結局何の用だったんでしたっけ。飛行ユニットのほうはもう大丈夫そうでしょうか」
「お陰様で。ちょっとブースターとの噛み合いが難しいんですが、そこは自分たちで何とかできそうなので……」

以前ここに連れてきた、白鴉のウォーハイドラ【コルヴス・コラクス】は、鈍重なミリアピードとは違い、軽快に空を駆け、そして相手を叩き切る機体である。“当たらなければ”撃墜数を重ねることは容易だが、攻撃が掠めても致命傷。当たれば言うまでもない。ミリアピードとは対極に位置する機体で、ニーユと対極のことをしている。

「次回、同じ戦場に出るようですから、味方の……ミリアピードのことを、よく知っておきたいなと思いましてね。一目見たときからとても興味深い機体でしたし、ボクたちはついでにメシにもありつける。一石二鳥です」
「ああ。あれ、次一緒でしたっけ。全然見てませんでした。今日はですね、唐揚げがたくさんあるんですよ……」
『唐揚げ!?マジで!?』
「あなた食べられないでしょう」

端末の液晶からする声は、コルヴス・コラクスの制御AI(だとニーユは認識している男)だ。唐揚げを求める声が悲嘆に満ちているのをスルーしながら、ニーユはひとつ提案をした。

「では、コルヴスさん。乗ってみますか?」



ミリアピードの制御系は、恐ろしく複雑にできていた。
ひとつひとつの体節それぞれに、ウォーハイドラ一機分に相当しかねない制御系が搭載されているのである。それを集約する中枢――いわゆる脳の部分に設置された操縦棺には、既存の九つの接続端子の他に、ニーユが後から取り付けたのだろう端子がいくつも生えていた。

「これは……また、とんでもないな……」

そして見た目よりもずっと、操縦棺の中は狭い。
曰く完全に“自分専用に”作った操縦棺は、ニーユよりも背の高いコルヴスには少しばかり窮屈だろう、と彼はいった。頭部の次の体節の装甲を持ち上げて入った操縦棺は、確かにコルヴスには少しばかり窮屈だ。ニーユは体格がいいので、少々手足を曲げなければならない程度で済んでいるが。

『コルヴスぅー。ニーユがどう?って』
「何ら問題はないよ。しかし……コルヴス・コラクスとは全く違うな。当たり前といえば当たり前だけど……」

外が見えないのである。
これはウォーハイドラとしては致命的なのではないか。そう思った次の瞬間、目の前に女の子の姿が現れる。ちょうどそう、自らの相棒のような、電脳世界の生き物と確信させる姿で。

『ベルベット・ミリアピード、HCSきど――って。……あんた誰?何?』

その声とほぼ同時に、装着を求められたバイザーに外の景色が写った。ちょうどミリアサービスの建物を見下ろす格好で、遥か下にこちらを見上げている店主の姿が見える。

『おっなになに?もしかしてあんたがこのウォーハイドラの制御担当ってやつ?』
『あたしはあんたたちが誰かって聞いてんのよ!!』

一言で言えば“お嬢様”だった。長く伸ばした巻き毛は良く手入れされているように見えるし、着ている服装も、とてもじゃないがウォーハイドラに乗るようなそれには見えない。

「ボクはコルヴス・コラクス。君に普段乗っているライダーから、君に乗る許可をもらったライダーだ。こっちのうるさいのはパロット」
『コルヴス俺様の説明雑すぎない?』
『何勝手に許可取って乗ってんのよ。ニーユがよくてもあたしが許すとでも思ってんの』
「驚かせてしまったのならすまない。だけど、ボクは君のことは、とても魅力的だと思っているよ。だから――そうだな。どうか、君の手を取って、共に踊ることを許してはくれないかい、レディ」

しばしの沈黙。『と、特別よ!』という声が聞こえたのち、完全にHCSが起動される。HCSが起動されても、ミリアピードの操作を理解するには、時間と説明が足りていない。

「……そういえば君の名前は?」
『あたし?ベルベット。ベルベット・ミリアピードのベルベットはあたし』
「ベルベット……ああ、いい名前をしているね。ニーユは君からこのウォーハイドラの操り方を教われと言ったので、教えてもらえるかな」
『いいわよ。特別。けど、あんたたちじゃできてもニーユの十分の一よ。あんたたちとニーユは、もうまるで、全然別の生き物なんだから』

基本動作は左手。一部砲撃と培養装置関連は右足。その他砲撃及び索敵・通信関連は左足。
少し足を動かせば、それがいくつかのボタンやレバーらしきものに当たるのが分かった。空いた右手の行き場がどこにもない。

『“あたし”とニーユは、あいつの右手を経由して神経で繋がるの。あたしの見るものはニーユにダイレクトに入るし、あたしの受けたものもそう。普通は脳の直近でやるものを、あいつは腕でやるのよ。もうその時点で結構おかしいのに、あいつは“あたし”を自分の身体みたいに動かすの。ちなみにコマンド入力も対応』
『コマンド入力も対応』
『あいつはね、本当に“頭が良くて馬鹿”なのよ。やろうと思えばもっと“あたし”にお金をかけられたんだろうけどね、お人好しが過ぎるから、こうやって整備屋なのかごはん屋さんなのか、よくわからないことしてるの』

まるで動かしているという感覚はない。しかし左手のほんの僅かな動作一つで、ミリアピードは歩を進める。眼下の紫色が拍手をしているのが、ずっと下に見えた。

『やるじゃない、白いの』
「コルヴスだ。ああ、しかし……これはきっと、君の本来のライダーのように自由自在に動かせたら……本当に気持ちいいんだろうな」

コルヴス・コラクス。
“最上の死”を一度迎えた、操縦狂い。もっとわかりやすく言えば、“己の手で操れるものならなんでもいい”、それを求め続ける――変態。

『……ハア?』
「そう――今ボクはまさに、ベルベット・ミリアピードを抱いているといっても過言ではないわけだ……!!そうならばよりよく悦べるほうがいいじゃないか……君を完膚なきまでに乗りこなしてみたいよ、ボクは!!」
『お、おいコルヴス!お前これ人の船!人のウォーハイドラ!』

ニーユは何も知らなかっただろう。せいぜい【コルヴス・コラクス】というピーキーなウォーハイドラを操る人間、くらいの認識でしかなかっただろう。だからこそ気軽に乗る許可を出したのだ。
ベルベットは決意する。いつか必ず絶対にこの男を(可能な限り男の尊厳を捻り潰した上で)殺すと。生理的に無理というやつだ。なんてったってこのベルベット、ちょっと気の強いだけの普通の女の子(のはず)なのだから。

『イヤーーーーーーーーッ最低!!クズ!!気持ち悪い!!早く出てって!!出たら殺すわ!!絶対殺す!!その面が原型とどめなくなるまで殺すわ!!出禁よ出禁!!くたばれ!!(ピー)もげろ!!このクソ野郎!!』
『うわっすごいこの子ありとあらゆる罵詈雑言を』
『アンタもよ!!アンタもどうせこのろくでなしのパートナーなら逆立ちしたって変態に決まってるわ!!』
『ええーーーーーっ流れ弾過ぎない!?えっ!?俺様なにもしてなくない!?』

あながち彼女の認識も間違ってないのは、そっと追記しておくことにしよう。