05-2:霧から躍り出るバーサーカー

それは、一言で言えば、全く想定していなかった言葉だった。
自分はやれるだけのことをやっていると思っていたのだ。ミリアピードはそういうつもりで進化させてきたし(――誰に言ってもだいたい意外だ、と言われるけれど!)、人並みに戦えている。そのつもりでいた。

「にひと……ミオのこと、ちゃんと見てる?」
「――え?」

すっと呼吸が止まる。
それは少女の本心だったことには違いないだろうが、妙に鋭くニーユ=ニヒトの心を抉っていった。
戦場に貢献しているつもりでいた。
全体を見ればそれは間違いなくそうだろう、ニーユの――ベルベット・ミリアピードの、さらにいえばスーの主な役割は、場の的を増やすことである。
的が多いということは即ち、他の被弾率を下げることになる。スーはいくら撃墜されようとひたすら増えてくるし、本体がやられなければどうということはないのだ。本体はミリアサービスでのんびり寝ていることすらままある。
数値として出てくる支援戦果だって悪くなかったから(――他のことには目を瞑るとして!)、それでいいと思っていた。このままこれを続けていけば何の問題もないと。
どうもそうではないらしい。

「ベルベット、見えないから……お手伝い出来てるか、いつも、不安……」

20mの巨体が、霧の中に消えるのだ。それが例え霧濃度が低い日だったとしても。
ベルベット・ミリアピードは、普段百足を見かける機会がそうそうないように、隠れ潜みながら攻撃をする。主に積んでいるのは射撃武器で、本当に万が一に備えて、接近戦もできるように、近接武器も積んではいるけれど。

「――いえ、あの、ミオ。私は……」

ちゃんといますから。
そう告げようとして言い淀んだ。そういう問題ではない。
昔、昔の話だ。いつも遊んでいた“ともだち”がいた。ある日突然姿を見せなくなってしまって、声だけで話す間柄になって、それもなくなってしまったけれど、彼の姿が見えなくなったときに、そこにいると言われ続けても、不安で仕方なかったことを思い出した。
おぼろげな記憶の中で言うのだ。『ボクはちゃんといるって言ってんじゃん』――

「いいえ、……そうですね、大丈夫ですよ、ミオ。次からは、あなたのそばにいることにします」
「……いいの?」
「いいですよ。最悪踏まれたって問題ないようには作っていますから」

こわくない。
だいじょうぶ。

「……ミオ、ベルベットに、当てちゃうかも」
「大丈夫です。それで傷がついたら、直しますから」
「……ミオ、ベルベット、壊しちゃうかも……」
「大丈夫です。ベルベットも、ミオのハイドラも、私が直しますから」

握り込んだ左手が震えていた。

「それに、ひとりではありませんから、大丈夫です」

嘘をついた。大丈夫なんかじゃない。
ミリアピードは確かに、前線に耐えうる装甲を備えている。理論上は。本当のことはわからない。
彼女を心配させたくないというのは正しい。ただそれは、彼女のことを思ってではなくて、――それよりも先に、自分の中にある、誰かに尽くさなければならないという心が、自分をそうするように動かしているのだ。
一人の少女に頼らなければ、そうする理由を作らなければ、とてもではないが、攻撃の飛び交う前線になど、出れやしない。
まして20mもあるミリアピードはいい的だろう。機動力を完全に捨てているのだ。

「……ん……分かった。ミオも、がんばるね」
「はい。お互い頑張りましょう、ミオ」

去っていく後ろ姿に、手を振るのがやっとだった。
どんな顔をしているのかなんて、考える余裕がない。取り繕える隙がない。
――自分はほんとうに、次の戦場で、最前線に躍り出るのか?

「――ッ」

ここに来る前の場所で、よく言われていたことを思い出す。
君は本当に、戦うのに向いていなくて勿体無いと。その性格だけが君を戦場から遠ざけていると。
けれど、“ともだち”はいつも言っていた。
おまえはそのままでいるべきだと。その方が絶対長生きできるからと。

「……」

わかっている。このまま戦場に出ても、きっとろくなことにならない。だが約束してしまった。約束してしまったし、その言葉ひとつだけで、彼女の顔がほんの少しでも綻ぶと思わなかったのだ。
そんなに重要なことだったのだろうか。“ニーユ=ニヒト・アルプトラ”の存在を認識できるということは、そんなに。

「……ふうーっ」

やれるだけのことはしなければならない。整備を怠って死ぬとか痛い思いをするとかはまっぴらごめんだし、心配ならその分時間を掛けて見ればいい。
自分の操縦の腕はどうにもならないが、整備の腕は、今まで頼られてきた分の自信が、そこにあるから。