11:過去から壊すリーンクラフト

見舞いに来る人がいる。心配する人がいる。
ニーユを“焦らせる”のに、十分な条件が整っていた。

「……」

大怪我を負わされた戦闘から三日も経たないうちに、起き上がることは苦ではなくなっていた。立ち続けているのは多少しんどさがあるが、できなくはない。
手酷くやられた――神経を焼かれてしまったらしい右腕はどうにもなりそうになく、元の感覚を取り戻すのにしばらくはかかりそうだった。恐らくこうして半身不随になったり、亡くなったりするハイドラライダーもいるのだろう、と、他人事のように思っている。他人事なのは、自分の腕は再び動くだろうという、確かな自信があるからだ。それがどこからもたらされているのかは、さっぱり分からない。
自分の身体が一般の人とは違うらしい、というのは、何となくで認識している。まるで疲れを知らず、不眠不休で働ける。完全に疲れを知らないわけではなく、ある日突然スイッチが切れたように倒れるのは、今までに何度もやったらしいし、そのたび心配を掛けないように、対策を練ってきた。たとえば明確に作業を時間で区切ってしまうのとか、ミリアサービスの休日の入れ方とか。それでもなおサービス過積載と言われるくらいで、ニーユには加減が分からない。

「……ッ、ん……」

じわじわと痛む肩を庇いつつ起き上がって、机の上を見た。スーがベルベット・ミリアピードを彼好みにアセンブルし直しているらしく、その詳細の書かれた紙が置かれていた。脚を換装して軽い機体にするつもりらしい。彼の性格では、鈍重なミリアピードでは物足りないだろうと思っていたが、案の定のようだった。こうやって好きにさせられるのも、ウォーハイドラが共通の規格を持ち、機体の組み換えが容易だからだ。20mある機体が俊敏に動く様は全く想像できなかったし、ニーユがまた乗るなら、ミリアピードはまた重い機体に戻るだろう。けれどもたぶん、もう培養装置は載らない。中身のスーがそれを是としなければ、載らない。
部屋のドアが乱暴に開いた。しかめっ面の同じ顔が現れて、ニーユを見て目を瞬かせる。

「……あれ。ニーユ?起きてたのか」
「スー……」

何食わぬ顔でニーユの顔で外を歩き回るようになったスーは、ニーユのパイロットスーツを着て、ニーユを取り繕うこともなく、あくまでも彼として振る舞っている、らしい。
形だけ取り繕っているのは、ウォーハイドラのライセンスの都合だ。ニーユの遺伝子情報を保持しているスーは、その気になれば指紋まで完璧に似せられる。ただ、曰くで「重力に勝ちたくない」のと、「全身取り繕うのがめんどくさい」ので、肌を見せる必要がほとんどないパイロットスーツ姿でいるのだ。つまりあのスーツの中には今、みっちりスライムが詰まっているようなものなのだ。

「そう、それ。ボクが乗るときはそうすることにした」
「ああ、うん。それでいい、でも重い方の脚は捨てないで置いといてほしい……俺がまた、乗るときに使う」
「……意外だ。まだ乗る気があるのか」

もう乗らないとか、そう言うことを言うもんだとばかり。そう言ったスーの赤い目が覗き込んでくる。
言われてみれば確かに、そうなのだ。怖い思いをして、痛い思いをして、続ける必要は全くない。ハイドラのライセンスを得たのも偶然のようなもので、本当に残像領域で戦いたければ、それこそ違法ライダーなり、いくらでもやりようがあったはずだ。それをしなかったのは、自分が臆病だったからに尽きる。この世界で追い詰められていたときに、ハイドラに乗ることではなく、整備することを選んだのも、そうだ。どれだけ整備に手をかけても、運が悪ければ死ぬ。死んでしまえば、整備が悪かったとしても、それが起因した死かは、分からない。他人の死に責任を負うようで、負っていない。今は整備の腕にも自信があるから、それで人を殺したことはないと思っている。昔は、どうだか、知らない。知らないところで、自分が整備をしたせいで、死んだ人間は、いるかもしれない。

「……そういう風に思われてたのか」
「そりゃそうだろ。ボクの中のあんたは、身体だけ立派なビビリだものさ」

何も間違ってない。
その性格ただ一つが、戦場に出すことを躊躇わせる。何度も言われたことだ。――誰に?

「いや、……いや。俺はまだ、やるよ、……お前を信頼してないわけじゃ、ないけど、ミオを任せておけない。あの子をひとりにしておけない。だから」
「……だから何?」
「もう平気なんだ。今週はいい、お前に任せる。けど、来週は俺が――」

俺が乗る。そう続けようとして、スーの顔を見て、言葉を飲み込む他なかった。
明確な憎悪が。そうとしか取れないような感情が、全身から迸っている。まずいことを言ったのかと思うよりも早く、肩を掴まれた。右肩が痛い。

「俺が?何だって?言ってみろよ」
「……ッ……、ぁ、痛ッ……!」
「言ってみろよ!!俺が何だよ!!……お前はいつもそうだ!!何も分かってない!!ボクらがどれだけ何を言ったって――自分を粉にすることをまるでやめない!!」

強く突き飛ばされる。まるで怪我人の扱いではない、そう思うよりずっとずっと早く、足が。

「ぐっ……!?――っづ、ぅ……!!」

蹴られた。それを理解した瞬間に、全身の毛がよだつ。蘇ってくる。恐怖で支配されていた頃の記憶が。
できないことがあるたびに、言うことを聞けないたびに、大人たちが取り囲むのだ。――それを“見ている”だけだったころの。
こわい。おそろしい。自分もそうされるのではないかと怯えた。そうされないためにいい子でいればいいことを学んだ。そうされないために努力した。全てがそうされないためだけにあった。
それはいつの話だ。こんな、こんな記憶は、本当にあったのか。

「ひっ……ぅ、やだ、……いやだ……、」
「――“言うことが聞けないのですか”」
「ごめんなさい、ごめんなさい、聞けます、だいじょうぶです、……」

血の臭いがした。
きっと傷口が開いた。痛いかどうかは、全くわからなかった。

「“言うことが聞けない悪い子は”」
「ごめんなさい、……ごめんなさい、もう、しません、もうしません……ごめんなさい……」

床に転がって震えながら許しを乞う姿はあまりにも滑稽だったし、あまりにも――悲哀に満ちていた。
スーはニーユに手を差し伸べるわけでもなく、見下ろしたままそこに立っている。あまりにも重い呪いの言葉を吐いた。ただ気に食わなかったというだけでそうした。言葉の力を確かめるだけ確かめて、まだ十全に効果を発揮することを確認して、口元が歪んだ。
納得ができなかったのだ。あの子をひとりにしておけないというのが、そのために無理を通そうとするのが――心の底から気に食わない。これ以外の手段でニーユを押さえつける手段を知らなかったスーは、何の躊躇いもなくそれを実行した。
何度傷口を開くことになろうが、他に手がないのなら仕方のないことだと思っている。

「――寝とけよ。それが今のあんたにできることだ」
「はい……」

振り返らない。手も差し伸べない。スーが出ていったあとの部屋で、ニーユはしばらく床に転がったまま、泣いていることしかできなかった。