「夏だ!!海だ!!焼肉だ!!というわけですねぇ!!」
生憎だが霧が深い。数メートル先も怪しいような霧の中だったが、ミリアサービスの近辺はそれなりの視界が確保されていた。
重厚な駆動音を立てて周囲の霧をがんがん動力に変えているベルベット・ミリアピードは、どこか得意げにアルフェッカの兄妹を見下ろしている。
「夏は近いがここに海があるって話は聞いたことないしそれ焼肉って言いたいだけだろ」
「ご名答ですねえお兄ちゃん!ヤトリは言いたいだけでした。はい。あと肉が食いたい」
「それは同意する」
店主の快気祝いでバーベキューをするので、と、アルフェッカ・インダストリーの兄妹二人に連絡が行ったのは一週間前のことだ。専属契約の賃金の、一部実物払いのうちの一部を肉に回して欲しいという、あまりにも直接的な要望に、主に兄妹の妹の方が食いつかないわけがなかったのである。それが完全にミリアサービス側の計算のうちだったのを見抜けなかったのは――まあこの妹なので、アーサーはだいぶ諦めていた。
参加するなら量を増やすか割り引け、という要望が飛んで来るのはそりゃもう、アーサーなら余裕で推測できた。妹のイヴェットはネジがいろいろと足りていないので駄目。
「よう」
「はいな。どうも。店主は」
「中だ。妹借りるぞ」
「ご自由に」
すっかり人型での振る舞いが板についているスーを見ながら、アーサーは肩を竦める。このスライムにしてやられたのだ。
肉体労働に妹とその他何人かの人手――たぶんこのミリアサービスをユニオンとして利用している人々――を尻目に、アーサーはミリアサービスの休憩所の中に入る。
どこか肩身が狭そうに椅子にかけている店主と、野菜を切る女性陣。と、椅子のかけているニーユの隣で、これもきっと大事な仕事。ニーユが立たないように威圧めいたオーラを発しながら、彼の僚機がいる。
「おっ仲良しさんやってる〜?どーも。お久しぶりです、三ヶ月ぶりくらい?」
「変なからかいは止してください!」
ミオが怪訝な顔をしている。
「そのくらいになるかと……思います?たぶん」
「まあ俺そんな頻繁に来ないもんな。残像領域自体にはそれなりの頻度で来ているけど……」
「仕事ですもんね」
アーサーは手伝うつもりがさらさらないらしい。肉の提供者でーす、とでかい顔をしているのはついさっき見た。実際他に頼むところも思いつかなかったので良しとしているが、スーが何かしでかしたらしいのであまり気が気でない。
ここに座らされているだけのニーユはどうにも落ち着かず、ミオが近くにいようが、ニーユさんは手を出さないでくださいと言われ続けても、ひどく疎外感を感じている。
「調子はいかがで?」
「おかげさまで大分。腕はもう少し掛かりそうですけど」
ニーユの言うとおり、彼の右手の肘から先には何もない。曰く長袖を着て袖を結ぼうかと思ったが、暑さに負けたとかいう話だ。
「あれ。あれってあのクソ野郎なんじゃないの?」
「クソ野郎?」
「スライム」
説明が難しいんですけど、と続けようとして、言葉は腕で遮られた。今日はそれを聞きに来たんじゃない、と。それはどうでもいい話であると。
「ま、ほら。今日は快気祝いなんでしょう、店主」
「……店主呼びやめてもらえますか?わざとやってますよね?」
「そらあな。……ニーユ、まだなんか……何、壁っていうか……攻撃の受け手やってんの?」
細く吐かれる息。
もともとベルベット・ミリアピードは、的になるための機体ではない。ウォーハイドラには組み換えのしやすさという利点があるが、それを抜きにしても、その巨体を砲火の前に晒し続けるだけでは、あまりにも勿体無いと思っている。
大事に大事にしていたのを知っているから、なんだか勿体無い気がしていた。
「今はスーが乗ってますから……」
「あいつどういう趣味してんだ」
「楽しいらしいですよ」
速射砲を撃ち込んで、軽快に戦場を跳ね回る姿を、ニーユは見たことがない。僚機が言うには、“今まで見たことがないくらいに速かった”ということだけど、てんで想像がつかないのだ。
「……次出る時は……砲を乗せようかと思ってます。狙撃砲を」
「ほー」
「……あの」
「ハイ。……ハイ、わかったからさあ、あのね、そんな顔しないで。結構辛いわ」
アーサーは正直、自分は話すのが得意ではないと思っている。それでも目の前でどうにも沈んだ顔をされていたら、多少は身を切りたくなる。今完全に切る場所も間違っていたし切りすぎていたけど。
それに気づいたのかどうなのか、苦笑いを浮かべたニーユは、ようやく顔を上げて外を見る。予報の霧濃度はかなり高かったはずだが、比較的霧が晴れている。
「火ついたぜ!いろいろ持って来――おいアーサー。オメー働かざる者食うべからずって言葉知ってる?」
「知ってるし俺ならもうめちゃくちゃ働いてますよ。ここまで肉を持ってくるっていう大切な仕事したんですよねえ〜」
「チッ」
切った野菜と肉を、ニーユが手伝いますと言い出す前に運び出されてしまって、浮かした左手が手持ち無沙汰になる。そこに触れた感触はまるでないが、小さい手が重なってきた。
「いこ、ニヒト」
「……はい。楽しみですね」
「うん」
今日も明日も明後日も、それからその先も、ずっとこうやって続いていけばいい。
ミリアサービスに人が集まるようになって、人が増えてきて、心からそう思っている。皆無事にこの戦いを終えられますように、次の戦場からも戻ってこられますように。そのときここで羽を休めてほしくて。
「すいません、皆さん。今日はありがとうございます」
肉の焼けるいい匂いがする。