17:繭の中の真実

それ以上、ミリアムから話は聞いていない。目の前に迫っている要塞攻略戦のほうがずっと大事で、きっとこれ以上話を聞いたら、取り乱すのが目に見えていた。自分の信じていたものはまるっきり偽物だったらしく、そしてそれはもう百パーセントそうだと言い切っても問題はなさそうで、それを証明してくれそうな人間にも心当たりがある。クラトカヤかスーか、あるいはその両方が。
言い訳をするのなら、要塞攻略戦くらいは多少マシな気持ちで望みたかったのと、提示された次回の同じブロックで要塞を攻略するメンバーの――主に火力面に、かなり心配事が多かったからだ。

「……んんん……」

砲を積むとは言った。個人的な好みで狙撃砲を選んでいたが、どうしても手数は稼げない。今回はできるのなら、手数が多い方がいい。そう判断をした。そのために金を積むのは厭わなかったし、それをぽつりと零した同じ屋根の下の相手から、妙な提案を持ちかけられたのだ。
HackTeckの試製弾薬とその専用砲身。曰く“霧で飛ぶ”、噴霧力を利用した弾薬なのだと言う、のだが。

「……どうしような……」

まずツテを辿って買い求めた中古の機関砲を、それに合わせて改造するところから始まった。一射撃が終わったらリロードとともに砲身ごと捨てて取り替える。笛付曰く『恐らく一回撃ち終わったら使い物にならないものがほとんどだ』というので、その保険として随分と金を積まれてしまった。よほどデータを取りたいのだろうと思うし、確かに彼らの機体に、継続して弾薬を発射するようなパーツを乗せているのは見たことがない。焼夷機関砲に手を出したニーユはちょうどよかったのだろう。
火力は保証する、と彼は言っていた。ニーユは正直射撃武器の扱いは分からない。というか武器の扱いが分からない。当然出力不良や弾詰まりは直せるけれど、それを使う時にどうする、というのは、まるでわからないでいる。
ミリアピードの巨体は、ストックの砲身を積むのにまるで困らない。狙撃砲用に準備したリロード機構に手を加えれば、十分焼夷機関砲にも対応できる。
それで何故悩むのとかと言われたら、――別の考え事をしたくない。そこに全ての理由が収束した。
切り替えればいい。分かっている。それができたら苦労しない。

「おい」
「ん」

砲身を蹴飛ばしながら歩いてくるのは、スーだ。もうすっかりスライムでいることより、自分と同じ姿でいる方が多くて、たまに見分けがつかない人がいて、びっくりされる。双子?と聞かれた時にスーが躊躇いなくそう言うようになったのは、ちょっとどうかと思っているけれど。

「どうかしたか」
「いや。……アイツに俺から話を聞いてもいいか」
「あいつって、……ミリアムさん?」
「そう」

どうして。そう思う申し出ではあった。けれど、わざわざ聞きに来てくれたことに安堵もしていた。

「……いいけど。どうして」
「俺も気になることがあるからだ。お前どうせ、俺かあの狂戦士に聞けば、答えが出ると思ってんだろ」
「う」
「そら見ろ」

手が止まる。図星だからだ。
予想していたと言わんばかりに大げさなため息をつき、スーは蹴飛ばした砲身に腰掛ける。これはさっき、中古の焼夷機関砲のを取り替えたやつ。

「まあ……うん、そう思ってる……」

そう言って、スーを見やってから、はっとする。
彼でも知らないことがあるのだろうか。もうてっきり、何もかもを知っていると思っていた。

「……スー、おまえは」
「俺は、あんたが来てからのことしか知らないよ」

釘を刺すように、スーはそう言ってニーユの言葉を遮ってしまう。

「だから――だからさ。だから俺だって、アイツに質問する権利があるということ」
「それは分かったし、一向にかまわないけれど、その」
「言い触らしたりとかはしないさ。あんたが嫌うことぐらい知ってるよ――俺達は。俺達はあの姉とやらより、ずっと一緒に過ごしてきてるんだから……」

それは本当に信じていい言葉なのだろうか。そう思ったのを飲み込んで、ぎこちなく笑った。
疑問を抱いていたことは、どうやら悟られなかったらしい。

「……。……緊張している?」
「それはとても」
「リソスフェアのときよりも?」
「……うん」

だから入念に準備をしたいんだ、と、絞り出すように呟いた声は、機関砲の砲身が外れる音で掻き消される。遠回しな話の終わりの合図を拾って、スーはゆっくりと立ち上がった。


ミリアム・スノトライエは、一言で言えばお人好しの塊のような人間だった。性格的には疑いようのなくニーユの姉であり、この姉あってこの弟ありだな……と言っても過言ではないほどに、よく似ていた。
離れて過ごした(らしい)姉弟は似るものなのだろうか。生憎の一人っ子で、ニーユと“同じように連れてこられた”スーにはよく分からない。

「おい」

きっと何もなければ、彼女はニーユにとってのいい姉だったのだろうと思う。
それは自分の介入が何一つないことも同時に示しているし、――自分は彼の兄にはなれなかった、とも。

「はい。あら、……ええと……?」
「スーだ。ニーユ?って言うかと思ったけど」
「あなたとニーユじゃ、まるで顔が違いますから、すぐにわかりますよ」
「それは顔つきがってことかよ?」

冗談めかした言葉は、どうでしょうねとあっさり受け流されてしまった。見分けるポイントはいくつかあるけれど、体格も、顔の作りも、同じ情報を元にしているから、基本的には全く同じだ。性格の違いが顔に出るのは、もうどうしようもない。

「私のことも名前で呼んでくれると、うれしいのですけれどね。何の御用でしょう」
「疑いが晴れた時にようやく名前で呼ばれると思えよ。俺たちはあんたを信用しきっていない」

いつでもそうだった。この男を睨むように見ようと、軽蔑の目で見ようと、ただただまっすぐに見返してくる。
何にも臆さないのか、絶対的な自信があるのか、判別はついていない。

「どうせあいつも言ったんだろう。妄言を吐いているのなら処遇を考えるだけだってよ」
「ええ。私の首を刎ねるのなら、それで一向に構いません」

強気だ。よくそこまで強気になれるものだと思った。
けれども、そういう覚悟があるやつは、スーにとってはかなり好感度が上がるやつだった。

「いいぜ、面白い」
「お褒めに預かり光栄です」
「本題に入らせてもらう。あんたの集落が焼かれたときのことを、より詳細に知りたい。被害の状況を聞きたいわけじゃない――リーンクラフトと名乗った奴らについての、あんたの知りうること全てを知りたい」

あの研究所は、一言で言えば狂っていた。中にいたものだから分かる。どうしようもなくおかしくて、それを疑う人はおらず、いたとして――いなかったことにされるだけだ。
何をしてきたかは、それなりに知っているし、ベルベット・リーンクラフトが“記録している”のだ。彼女の知り得ない領域に存在しているデータがある。話が記録と合致するのなら、そのときは。

「……又聞きが混じっても構いませんか?」
「一向に。俺はそれであんたが信頼するにあたるか決めるつもりだ」
「何故でしょう。あなたはニヒトと、一体どういう関係があるのですか」

今度はスーが、疑いの目を向けられる番になった。自己紹介するときにあまりにもめんどくさくて、相棒のスライムとしか言わなかったのは自分だ。

「俺は――あんたより、あいつのきょうだいらしく振る舞ってきて、そしてここまで共に来た。あんたよりあいつのことを知ってる自信はある。何よりそう――リーンクラフトとやらを出されると、ちょっと無視できないのでね」
「でしたら、私にもあなたの話を聞く権利はあると思うので――あなたが私のことを信用できると判断されたら、ぜひにお願いしますね」
「あぁ」

ここじゃなんだからニーユの部屋に、と。そう言った時に、お茶はいりますか?と聞いてくる辺りが、どうしようもなくニーユと似ている。スーはそう思った。