20:甘い繭、苦い返事

次の要塞攻略は、果たしていつになるだろうか。
多分大体、あと一月。リソスフェアからバイオスフェアの間を考えると、そろそろ新しい情報を提示される頃だろう。そもそも、また要塞攻略に出向くのだろうか?辺境の軍団は、長がバイオスフェアで討伐された。もはやバイオスフェアそのものと言っても良かっただろう男は、一体何を考えていたのだろう。分からない。何もわからない。
企業連盟の目的も分からなければ、ナビゲーターが次々と死んでいく理由も分からない。次に死ぬのは、今通信を飛ばしているあの女ではないか。
ランキングに乗った名前を見ながら、ぼんやりと考えている。また新たな流れが来るからと、今の戦闘スタイルは――そう、盛大に金を投げ捨てるようなことは最後にするつもりで組んだアセンブルは、焼夷機関砲が火を噴いて、あまりにも早い決着と、ランキングの下の方とはいえ、名前の掲載を持って帰ってきた。
未だにどうしてなのかは信じられない。よりによって攻撃戦果のランキングなのも、見知った顔が何人もいるのも。
びりびりと震えるような、発射の瞬間の衝撃を思い出している。その瞬間だけたしかに、何もかもを投げ捨てたような獣と化すのだ。目の前の相手を絶対に殺すという強固な意思が、機関砲のトリガーを引かせる。
誰かの声があまりにも強く聞こえる。心のずっと深いところから、囁くような嘯くような、男の声!

「粉こぼしてんぞ」
「あっ!?」

慌ただしいキッチン。今日は予告した通り、ユニオン一同でバイオスフェアの打ち上げをする。死人はゼロ、被撃墜者こそいるが、祝うには十分なくらいだろう。みな無事でいる。それでいい。次の要塞攻略があればそのときも、と思っているけれど。

「あんたもおかしなところあるよなあ」
「息抜きは大事だと思ってるから……」
「ああ。そういう割にまるであんたが息抜きできてなさそうなところとか、おかしいって言ってんのさ」

店主の快気祝いから、ざっと一月くらい。
その後にあったバイオスフェア攻略戦は、場所によって惨憺たる結果だったと聞く。店主のいたところは酷い方。

「快気祝い二回目とかやる羽目になんなくてよかったですねえ!」
「ヤトリ」
「あっはい。でも正直なことを言ってるつもりなので?そこのところはどうでしょうニーユさん!あっあと茶葉たくさん持ってきましたんですよこっちにもあるみたいですが」

ご一緒にどうですか、と。何かある時、アルフェッカの兄妹二人を誘うことは忘れない。彼らが残像領域で数少ない“企業の”知り合いなこともあるし、比較的昔なじみなのもある。年も近い。

「いや、まあ……ヤトリさんの言うとおりですよ本当に。私たちのいた隊は散々でしたから……」

ヤトリの持ってきた茶葉の一部をケーキの生地に入れながら、ニーユはため息を落とした。本当に、本当に、どうなることかと思ったのだ。そしてこうも思った。――殺される時は味方に殺される。

「あれ、でもニーユさん、保険ばっちり掛けてるんじゃなかったでしたけ?いやーそりゃもう整備の方で稼いでますもんね。当然ですかあ」
「それは当然ですよ!嫌ですもん……死にたくない……」
「あの保険だって五体満足を保証してくれるわけでもねえのにな……」
「もう五体満足じゃないんで……」
「あっ。なんかすっかり忘れるんですよねえー」

キッチンから目を逸らす。何故かじゃがいもとさつまいもの山ほど入った箱が片隅に置かれているのは、お菓子の隣に焼き芋もありでは?と言い始めた誰かさんのせいだ、とニーユが言っている。ヒートソードは持参しろと言ったらしい。
今日もヤトリたちは、残像領域の外から食品を持ち込んだので手伝い免除。元々外をメインにして活動している分の特権、ということで。

「次もまた打ち上げですかねえ」
「そうだといいですね……そもそも打ち上げができるといいですね……」

いつ誰が無事でなくなるかなんてわからないのだ。
むしろ、よくあのとき無事でいられたかと、そればかりがずっと頭の中を埋め尽くす。

「ま、ほら!今日を全力で楽しみましょうよう。そんな顔してたら楽しむものも楽しめねーですし……ニーユさんだけじゃなくて周りみんなの話してますからね今」
「それはごもっともで……」

紙の型に、作った生地を流し込んでいく。オーブンはキッチンではなくて、ガレージにある。使わなくなったハイドラのパーツを改造したもので、ベルベットが妙に気に入っているのだ。

「いつからでしたっけ」
「あと二時間くらい後ですね。そろそろ芋に手を付けてもいいかもしれません」
「あっじゃあヤトリそれやろ〜!!芋食いたいですからねえ」
「このクソ暑い中で焼き芋とか正気じゃねえよ」

霧は相変わらず出ている。蒸し暑い。ニーユはすっかりタオルが手放せないし、ベルベットは元気に霧を吸い込んでいるし、スーは溶けている。

「まあ、甘いものが続くよりはいいんだと思います」
「ヤトリも実にそう思うので、無能はお兄ちゃんだということですねえ」
「ハア?」

ガレージの方から、いい匂いが漂ってくる。朝からずっと何かを作り続けていて、これで確か四回目くらいの焼き上がりだ。流石に時間的に次で最後にする予定だが。
それだけ気合いを入れていると言うべきか、それともいつものように、加減が効いていないだけというべきか。アサメは両方だと思っているし、ヤトリにはどちらか分からなかった。


――


『リーンクラフト研究所第一研究棟化生研 イーデン・アスカム』
『救援を要請します 座標は――』

打ち上げの準備でバタつくミリアサービスに、一本の救援要請が届いている。
誰も見る人はいない。ひとりを除いて。

『――救援要請? 珍しいのね、……あっ、懐かしい名前!』

ベルベットの通信網が拾い上げた救援要請は、ここまであまり遠くもない場所からだった。
無差別に送られたのだろう、定型的な救援要請に、ベルベットは定型文を返そうとして――止まった。

『(リーンクラフトのひとなら、来てもらったほうがきっといいのだわ)』

自分の名前が、よく通ることを知っていた。
そこにいるひとたちは、自分のために働いてくれているのを知っていた。

『こちら、リーンクラフトミリアサービス――ベルベット・リーンクラフト!』

何年ぶりかの名乗りが、回線に乗る。
これできっと誰かが助かるだろうと、何の迷いもなく信じていた。