24:忘れ物はありませんか

「してやったりって感じだな」
『まあね。お姉さまだったのね、あの男……っていうのも変な感じね』
「それな……」

休む気がないというのなら、強引に操縦棺から引きずり下ろせという話である。
ミリアムとスー、そしてベルベット、さらに加えるとタカムラ整備工場のチカも巻き込んで、今豪快に“バックレている”のだ。今頃たぶん忽然と消えたミリアピード……を気にする余裕もなく、姉とチカに街を連れ回されているはずだ。
仮宿(とはいえガレージにはやっぱり入らないので思いっきり外の空き地だけど)のタカムラ整備工場でくつろぎながら(外だけど)、休むのが本当に下手くそな誰かさんのことを思った。

『ところでね、ひとついいかしら』
「あ?何」
『エンジン忘れてきたわ』
「ハァ!?」

何言ってんだこいつ。
もはやニーユのこととかだいぶどうでもいい。あいつを休ませるために次回の出撃はスーが担当し(当然ながら言っても聞かないので強引に!)、そのためにここまでバックレにきているのである。というのに何を言ってるんだこいつ。

『そういえば整備で外してたわ……と思って』
「思ってじゃない」
『大丈夫よ!あたしに外付けのバッテリーが何個積んであると思ってるのかしら』
「そういう問題でもない」

出力不足で戦場に出たり、そもそもエンジンを積まずに戦場に出る人はいないわけではない。その分機体がぼろぼろになる(らしい)ので、あとでニーユの仕事が増える。スーは整備のことはあまりわからない。パーツの判別がつくくらいだ。

『動くからいいじゃない』
「よくない……まあいいけどさあ。帰ったら捕まるんだ」
『そうよそうよ!どうせ棒立ちになって壁になってるだけなんだから、別に平気でしょう?』
「ほんとかよ」

本人が大丈夫だといったので、というのに全てを丸投げすることにした。もう知らない。

――曰く。とにかくお前には休養が必要だということであった。
唐突に呼び出された喫茶店でそれを宣言され、強引に五日ほどの休みを錬成させられ(これで予約を動かしてくれた客には感謝してもしきれない)美味しいものを食べに行きませんか!と調べてきたらしいリストを手渡されたり、せっかくなので私もとか乗ってきたチカは絶対に自分を逃さないための楔だったろうし、まあ。とにかく、ハイドラから徹底的に引き離されていたのである。
いつの間にかミリアピードも出撃があるのにミリアサービスの傍から姿を消していたし、なんだかそれはそれで落ち着かない。

『ですけど。ですけど、ミオが……』
『……にひと。ミオは、大丈夫だから……ミオは、にひとのほうが、心配だよ?』

そうまで言われてしまっては、というやつでもある。言われたことを思い出している。守りたいというのはエゴでしかなくて、自分が負担と責任を負えばいいというのも、相手を対等に見ていないという気持ちの現れ。……とまで言われたかはもう定かではないけれど。

「……」

そして今、特にすることもなかったところに舞い込んできた連絡に身を起こし、そわそわしながらそれを待っているところだ。
話は数週間前に遡る。相手はヒューマノイドの女だった。

『……私の知り合いで良ければ掛け合ってやってもいいぜ』
『ただ、こっちの私個人の頼みごとを聞いてくれるだけでいい、どうだ?』

それは取引だった。
初めは単なる思いつきとして、軽い気持ちで彼女に問いかけてみたのである。ヒューマノイド、すなわち機械の身体を持つもの、――技術が転用できれば、あの子の身体が作れるのではないかと。
幽霊であってもハイドラが操縦できるのなら、同じようにできるだろう人型の超小型のハイドラを与えれば、そしてそれにヒューマノイドの技術で“人らしさ”を与えられれば、彼女のできることがより広がるのではないか。
要はそれで、技術者と接触できればいいと思っていたのだが、話は思わぬ方向に進んでいった。掛け合ってもいいという女。代わりに探しものを手伝え、という女。ローデット・ダイス、支援戦果上位の常連の、(ニーユよりはずっと)ベテランのハイドラライダー。
提示されたのは特殊な水銀探しで、それも随分と見つかる可能性の低いものだという。彼女はそれが残像領域で見つかる可能性に掛けているようだった。詳しい用途は何も聞かなかったが、そうすることを決めて以来、ミリアピードの索敵範囲は大きく広げられている。今まで全くと言っていいほど、考慮したことはなかった。

『今日の午後には、例のやつが届くだろう
 届け先はリーンクラフトミリアサービスに指定しておいたから、特に取りに来たりはしなくていい
 『ヴァリアブル』の方もよろしく頼んだよ』

というメールが届いてから、かれこれ一時間ほどそわそわしながら待っている。午後という指定はあまりにも範囲が広すぎる、と文句を言いたくもなったが、それはそれだ。

「……」

届いたものは部屋で開けること。でないと、なんかいろいろな尊厳が自分から奪われかねないので。主に趣味の面を疑われそうな気がするので。
彼女に限ってそんなことはないと思うが、今から随分緊張してきた。これで気に入られなかったらどうする、とか、そういうの。
そうこうしているうちにドアがノックされて、椅子から勢いよく立ち上がった。きっと外まで音が聞こえている。

「は、はい!」

ドアを開ける。
いたのは想定していた配達員ではなかった。

「よう」
「こんにちは」
「はっ?あ?……ふええああ〜〜〜!?」

いつもの休日の数倍まっとうな格好をしていてよかったと思った。暑いと上を着ないことはざらにあるし、ミオが来る前に至ってはパンイチで徘徊することもあった。
ローデット・ダイス本人と、その後ろに何故かいるチカを見て狼狽えるしかない。服を着ていたとは言え。

「えっあの、あのお!?」
「チカにもあんたの僚機がなんか話してたんだって?聞いた」
「はい。ニーユさんのことなので、こういうことにはいろいろ詰めが甘かろうと思ったので」

詰めとは。
今日はなんなら部屋も自分で掃除したくらいには気合が入っているつもりでいるが。

「はあ、……はあ?何言ってんのチカ?」
「あとで説明します」

何も思いつくことがなかった。この時点でもう詰めが甘い気がしてくる。
受け取ったらすぐにでも内部を確認するつもりでいて、その準備は万全にしてあるのだけど。

「とりあえず……まずこっちが現物な」
「あ、ありがとうございます……」

大きな箱が出てきて、すっと背筋が伸びた。きっと“そのものがそのまま”あの中にいるのだ。
女性に持たせるわけにも行かないので、早々に荷物を引き受ける。思っていたよりも軽い。

「もらったデータ通りにはなってると思うけど、今開けて確認してくれないか」
「今!?ここで!?」
「ここまで持ってくんのに壊れてたら大変だろ?」
「あっ、はい、はい」

とはいえダイスの言うとおりだ。破損があったら即直すつもりではあるけれど、自分の技術が通用するかもわからない。
意を決して箱を開ける。緩衝材に埋もれるようにして、一人の少女がそこに眠っていた。水色の髪に細い肢体、――いつもそこにあるようでないような姿を見せている、自分の僚機。今まで決して触れることが叶わなかったもの。

「……あ、……わあ……」
「どうだ?」
「……すごい……」

自分の顔がよく見えないから、と。見えている顔をそのまま作って欲しい。彼女はそう言った。
試しに撮ってみた写真は心霊写真と言う他ないものだったし、ニーユはスケッチはできても絵心はあるとは言いがたかった。五時間近く拘束して似顔絵を描いたり、それを心霊写真と一緒に送信したりしたのは、間違いなく報われている。

「あ、あの、ありがとうございます、本当に」
「そりゃどうも。わざわざ頼みに行ったかいがあったかね」
「私が喜んでもしょうがないんですけどこれ、いや、ミオも喜ぶと思います」

無理を言ったかいはあった気がする。
これが動いてくれるのだろうか。あの子が動かすことができるのだろうか。――いや、あの子そのものになるのだろうか。
落とした視線の先の彼女は、まだひとつの大変精巧な人形でしかない。

「……」
「ところでニーユさん」
「……あっ?はい。何ですか」
「服は準備しました?」
「服?」

服?

「……まさかとは思いますけどそのままで渡すつもりだったんですか?」
「……ええ。さすがにそれはどうかと思うぞ」
「あっ。……あ、あ!!そういう意図はないです!!ないですけど!素で忘れて……まし……」
「だからこういうことには詰めが甘かろうって言ったんですよ、ほら」

言わずもがな、届けられた“彼女”は一糸まとわぬ姿だった。自分の服を貸すにしたって、さすがにサイズが違いすぎる。却下。ひらくもの芦屋さんならワンチャン……いや、ない。それでもかなり大きい。
差し出された紙袋を受け取って、ただただ頭を垂れた。一周回って恥ずかしくて顔が上げられない。

「あ、う……」
「何か言うことはありませんか?」
「ありがとうございます……」

昔からそうだ。チカはいつだって頼りになるお姉さん(年下だけど)だ。
タカムラ整備工場で、彼女の後ろを追い回すしかなかったころから何も変わっていないのかと思って、余計に恥ずかしくなってきた。

「はい。……って言っても私が適当に選んだやつなので、好みに合うかはわからないですよ。一緒に買い物でも行ったらどうですか」
「買い物。そうですね、そうします」

思えば、一緒に外に出たことはほとんど無い。
彼女がそもそも見当たらなかったり、ニーユも誰かと出かける習慣がなかったので、さっさと一人で出かけてしまうのだ。幽霊であることを気にしていたのかもしれないが、もうそれも関係ない。
今はもう、確かに実体を持って存在している。

「できたら、次の要塞戦の前に……」

空中要塞ストラトスフェアへの侵攻が、次の大きな任務になるだろう。
別にそこに着飾らせて行かせたいわけではないけれど、急いだ方がいい気がしたのだ。
――だって、いつ誰が死ぬか、分からない。