25-1:それはきっと三人目の彼女

抱え上げてきたものは、そこで待っている少女とまるっきり同じ形をしていた。
触れるかどうか、くらいの差しか、そこにはない。

「ミオ!」

不安そうな顔で待っていた少女が顔を上げる。
抱きかかえられているものを見て、目を見開いた。そうだろうそうだろう、自分だって届いた時にびっくりしたんだから!

「るい!?」

自分の手柄とは言い難いのだけど、それはそれとして嬉しくなる。椅子を引いて腰掛けさせたまだ動かないヒューマノイドを、幽霊の少女はめいっぱい顔を近づけて見つめていた。
双子の片割れと間違えたのか、何度もその名前を呼んでいたのは、さすがにちょっと複雑だけど。仕方ないと言えばそうかもしれなくて、それはこちらが踏み入っていい領域ではない。

「……。るいじゃない、……。……すごいね、にひと。これがミオの……新しいはいどら……?」
「ハイドラというか……厳密に言うと違うんですけど、まあ、それでいいです」

ローデット・ダイスが用意してくれた少女型のヒューマノイドは、ミオに双子の片割れの名前を何度も出させるほどに精巧に作られていた。
そもそも幽霊はヒューマノイドを動かせるのかとか、いろいろ懸念することはあるけど、それはそれだ。ハイドラが動かせるのなら行けるだろうという根拠のない自信と、駄目ならそうできるよう改造してやればいいという決意。
じっと自分そっくりの精巧な人型を見つめているミオの背中を、言葉で押す。

「ミオ。試してみてもらえませんか」
「ん……」

きっと彼女だって不安なのだろうと思った。こちらを見てくる視線を、強い視線で押した。自分がここで戸惑ってはいけないと思ったし、それは年長者としての責任だと思った。
こういうことには慣れている。

「……わかった……やってみるね……」

座っている少女の上に重なるように、椅子に腰掛ける。ブレて見えた姿が溶けて見えなくなって、何も起こらない時間が続く。
――やはり幽霊をどうこうするというのが間違いだったのかと思って、なんて声を掛けていいのかにも迷って、恐る恐る手を伸ばす。

伸ばした手が掴まれる。

「……!」
「ぁ……!」

掴まれた手をどうしたものか迷っているうち、閉じていた目が開かれる。いつも見ていた緑色の目は指定したとおりに作られていたし、揺れた水色の髪もその通りだった。立ち上がろうとしてよろけたのをとっさに支えてやると、そのまま細い手がひしと捕まってくる。痛いくらいだったけど、そんなものは誤差だ。

「ミオ」
「にひと……にひと。ミオ、ちゃんと、動けてる……?」
「ええ、はい、ちゃんと!よかった……いや、駄目だったらいろいろ手をいれるつもりでいたんですけど!」

何度も、何度も手を触れてくる。別に逃げないのに。今日はこの後予定があるけど、それにはまだ時間がある。

「嬉しい……手、触れる。にひとに、触れる……」
「そんなべたべたしなくても……私は逃げないですよ。逃げませんから」

ぎこちなく笑う顔が見えた。表情を作る機構に慣れていないのか、本人がそう笑っているかどうかは、今はわからない。これから慣れていってくれたら、きっといろいろな顔を見せてくれるはずだ。ローデット・ダイスという人も、人と何も変わらないような表情を見せていたし、その域に辿り着くことは、時間がかかったとしても、きっとできるはずだ。

「ああ、そうだ――ミオ、今度、一緒に買い物に行きませんか」
「買い物……?はいどらの、パーツの?」
「いえ。違います……けど、パーツなのはそうかもしれないですね。あなたのためのパーツを買いに行きたいので」
「ミオの……?」
「はい。服のことなんですけど」

チカが持ってきた服は、ある意味で実に彼女らしく、シンプルな飾り気のないワンピースだった。彼女がそれでいいといえばそれでも、そうじゃなければ余計に、新しく服を買いに行く必要がある。今まで必要がなかったから彼女の分の服は用意されていないし、今だって詰めの甘い――というか、そこまで考えの至らなかったニーユの代わりにとりあえずで用意された服だ。
どうせならいくらでも今までできなかったことをしてほしいし、そのための協力は惜しまないつもりでいる。あの時自分が呼び止め、ここまでいろいろな用意をした責任だと思っている。

「服……」
「あっ、あの、私と一緒が嫌ならチカあたりに頼みます……ウメさんとか、ああ、ソラさんの方がいいかな……お金の心配はしなくていいですから……」
「ミオ、お金、たくさんあるよ……?はいどらのパーツに、あんまり使わないから……」
「それはゼービシェフに何かあったときのために取っておいてください!!」

ハイドラが金食い虫なのは、整備士のニーユがよく知っている。思わず身を乗り出す勢いでそう言ってしまうと、ミオが小さく笑っている。

「……うん。わかった……にひと、ほんとに……優しいね」
「いいんですよ、元はと言えば、私があの時――貴方を呼び止めたのが全てですから。早速ですけど明日……は予約が入ってたから駄目だ、……ちょっとあとでスケジュール見ておきます」
「うん。ミオ、いつでもいいよ、けど」
「けど?」

切れた言葉の続きを促す。
おおよそそう来るだろうと思っていた言葉は、正直言えばニーユにとっては無理難題レベルの代物だった。

「ミオ、にひとと一緒に行きたい」
「……わかりました。私全然服買いに行かないので、ちょっと……調べておきます……」

下手をしたら要塞攻略よりも難しいかもしれない。間違いなくイオノスフェア攻略よりは難しい。バイオスフェアと比べるとどうだか分からないけど。目についたTシャツを適当に買うくらいのことしかしない男は、難易度の高いミッションが始まる気配がして、頭を抱えそうになった。

「そういえば……時間、大丈夫なの……?」
「あ、あっ。そうですね、まだ早いですけど、そろそろ行ってきます。好きなことしてていいですからね、ミオ」

小さな頷きを確認して、そっと手を離す。
ぎこちなく手を振る姿に手を振り返して、まとめていた荷物を持って外に出る。

「ベルベット!出かけます」

出かける時、正規の乗機として登録しているウォーハイドラを使うことは多くない。というかまずないと言っていい。割に合わないからだ。
今日はそうした方がいいだろうという判断で、ベルベット・ミリアピードに乗り込んだ。