26:いつもと違うマーケットにて

ニーユに課されたミッションは、あまりにも重く強烈だった。
なんなら正直攻撃戦果か支援戦果のランキングに乗れというほうが簡単じゃないかというくらいには悩んだし、助けを求めたチカ――いや、リタにはめちゃくちゃ感謝している。ニーユには女心は分からないし、当然ながらおしゃれなんてものもわからない。自分の服だって持っている量は少ないし、普段着より作業着のほうがずっと着ているし、何度も買った。出かけるために着るための服がないという典型的なパターンのやつで、これもチカとリタの二人に相談に乗ってもらった。とはいえ相談に乗ってもらったのはいいものの、体格の良さのために通販は全滅で、結局ほぼほぼ普段と変わりない格好だ。でもちゃんと洗濯したしなんなら普段かけないアイロンも持ち出したので、女性(13歳ですけど)の相手をするのには今の実力でできる範囲のことはしたのでは、とは、思っている。荷物持ちとしてなら果てしなく有能な自信はあるし、それ相応に稼いでいるし。あれ、自分結構イケてるのでは?

「……にひと、大丈夫?」

クソみたいな買いかぶりはやめることにした。

「あ、はい!大丈夫ですよ。ミオこそ疲れていませんか?」
「ん……大丈夫。ちゃんと、歩く練習、したし」

新しい靴を買い、新しい服を買う。今まで何もなかったものを一から揃えていく。服の置き場は――帰ってから考えることにする。ひらくもの笛付が廃パーツから家具を作っていることは知っているので、タンスとかクローゼットとか、作ってもらうのも手かもしれない。
ショッピングモールなんてめったに来ないし、そもそも女性(しつこいようだが13歳ですけど)と一緒に来るのなんて当然ながら初めてだ。いやでも別にそういう関係じゃないし、感覚的には普通に年の離れた兄として妹(いないけど)を連れてきただけだし、別にどうってことはない。

「にひとこそ、荷物……」
「いいですって。これくらい、ハイドラのパーツに比べたら全然軽いですから。次に行きますか?」
「ん、うん」

悪くはないと思う。幽霊って言ったって結局は年相応の女の子で、彼女も田舎の生まれで、こういう大きなモールには来たことがないと言っていた。二人揃って結局恐る恐るで、店員に話しかけられるたびに二人でびっくりしては、ニーユが事情を説明して、ということを繰り返している。自分の服と比べると確かに高いものだけど、ハイドラのパーツに比べたら安いものだ。いや、考えれば素材も大きさも機構も何もかも違うんだから、当然といえば当然なんだけど。服もハイドラのアセンブルを考えるように組み上げられたら、どれだけいいのだろうかと思って、そうしたら自分の服のアセンブルは死ぬほど下手なんだなと思って、ちょっとだけ凹んだ。パーツを見る目がない男だ。

「ミオね」
「はい」
「今日、にひとと……来れて、よかった」
「そうですか」

隣の少女は、確かにそこにいた。そこにいるのだ。
自分が手を尽くして、結果協力者が現れ、そこに顕現“させられた”と言ったっていい。言ってしまえば自分のエゴで、そうした方がいいと信じて疑わなかった。けれど、彼女はそれを受け入れてくれたし、こうも言ってくれている。
何故こんな子を戦場に出さなければならないのだろうと思う。けれど彼女は言うのだ、要塞を超えた先に“海”があるはずだと。なら自分はそれについていくだけだし、そのために機体も組み替えるし、ボロボロになって帰ってくる彼女の機体にも手を入れる。
今、何のためにハイドラライダーをしているかと問われたら、間違いなく、『天ヶ瀬澪という少女のためだ』と言い切れるだろう。あの時目に留めたどこか懐かしい空色を、失わないために。

「にひとは……服、買わないの?」
「えっ!?私!?」
「うん……ミオばっかりじゃ、悪いし……」

全く考えていなかったことの提案に、男は狼狽えた。
いや何も本当に考えてなかった。服を買いに行くための服がない状態に頭を抱えたりはしたけれど!

「いやっ……私は……」
「にひと、優しくて、かっこいいから……きっと、似合うよ?」
「あっ?お?そ、そうですか、えっと……め、面と向かって言われるとめちゃくちゃ恥ずかしいですねこれ……」

でも、真っ当な――というか、こういうお出かけの場に向いた服がないのは本当の話だ。困ったときには店員に頼ればいいのは今までのミオの服選びでわかったことだし、問題はどう考えてもサイズになることは見えている。

「……じゃ、じゃあ……どこか……どこかひとつ、行きましょうか。時間かかったら、ごめんなさいね」
「ううん。いいよ、ミオもたくさん悩んだから……」

紙袋を持ち直す。生身の手の方で、少女の手を取った。
冷たくもなければ温かくもない、人工的な何かとしか言いようのない手だった、ぎこちなく動いた指が、男の大きな手を握ってくる。
ただただ技術に感謝して、その手を気持ち強めに握り直した。

――ショッピングモールから帰ってきて、男は荒野のど真ん中に立っている。
ミリアサービスは、街から外れた荒野にある。それは単純に、街中に場所が取れなかったこともだが、ニーユのウォーハイドラがあまりにも大きすぎたこと――これはあとから組み上げたものなのであまり関係ないが、ハイドラに乗って直接乗り付けるには、街中よりは何もない場所のほうが、ずっとやりやすい。最悪応急処置はガレージの外でも可能だ。
ということを昔の自分がきちんと考えていたかはさておいて、この立地は気に入っている。何もない荒野に唐突に現れる建物は、ここまで来ればよく目立つ。

「……」

風が短い髪を撫でていく。その間に、手に持っていた紙を千切った。
時間にして数秒もない。

「――私を呼んだな?」

強風が吹く。背後に迫る気配がある。それが確かに数秒後に自分に刃を向けるだろうことを処理して、右腕をそっと上げた。
金属同士が当たる音がする。向けられた剣の切っ先を右腕で逸らしながら、ニーユはそうしてきた相手を見た。ニーユがそうすることを欠片も疑っていない目だったし、当然ながら悪びれる様子もない。

「……なんかずいぶん早いですね?」
「まあな!先客がいたのでね」

狂戦士だ。
なんてこともないように地に足をつけて、その碧眼を向けてくる。ただ見ているだけで気圧される、強い視線。

「先客……」
「お前には関係がない。少々暴れていただけのことよ」
「本当に少々で済んでいるんですか?」

この残像領域で誰が、と思う。
あまりにも早い来訪は、確実にこの残像領域に彼女がいたということだし、彼女に斬って落とされた哀れな機体もきっといるのだろう。これはそういう女だ。

「それはどうでもいい。私を呼んだということは」

自分よりずっと小さい身体が、遥かに大きく感じた。
けど、そう。自分のエゴで彼女に一歩踏み出させたのだから、自分もそうするべきだと思ったのだ。

「はい。私は、私のことを知るべきだと思いました」

それがどれだけ恐ろしいことか、今この瞬間だって、握った手が震える。
きっと信じてきたものが、一瞬で瓦解するのだ。もうすでに残像領域に迷い込んできたあの女研究員によって、かろうじて原型を保っているような状態だけど。

「私にとって貴方は、私の居場所を蹂躙し、破壊していった人間です」

他人事のように、起こったことの事実を述べる。
そうだ、この少女は、狂戦士は、ある日突然やってきて破壊と殺戮の限りを尽くし、そして何故かニーユを見逃した。

「――ですけど、それには訳があるのだと思いました。それは貴方の言葉もそうですけれど、……実際、実際来られて分かりました。ろくでもないところにいたと」

訳のない殺戮をするのなら、ここは彼女に限りなく向いた場所だろう。けど、そういうひとではない。
そこに理由があるから殺す。それは彼女の前に立ちふさがったということでもいいし、それ以外のことでもいい。そういう人だということは、ごく最近わかった。

「ですから。私は知りたいのです。あの場所が、あの研究所がなんだったのか、――私が何なのか!」
「いいだろう、私の知る限りであのクソったれな場所のことを教えてやろう、全部だ」

答えはあまりにもあっさりで、そして呪詛に満ちている。
それが彼女の体験によるものなのか、単なる威圧としてなのかは、ニーユにはわからない。ただ、一言だけ続けて、クラトカヤは笑うのだ。

「覚悟しておけよ」

薄く弧を描いた口元を見て、すっと背筋が冷えた。
もう後戻りはできない。用はそれだけだと見た狂戦士が、大きく跳んだかと思うと姿を消す。衝撃で砂が舞い上がって、着ていたズボンの裾を汚した。