27:何もかもを踏み躙る

クラトカヤは、ただ事実だけを淡々と話し、突きつけ、そして何事もなかったかのようにそこを去っていった。嵐のような女だし、実際そういうひとだ。むしろその程度で済んでよかったと思うべきだし、「では晩飯を楽しみにしている」とかのたまったので、つまり確実にここに戻ってくる。
最悪の気分だとかというより、あまりにも他人事が過ぎた。確かにあの時、自分が体験したことと同じことを別の視点から語られているはずなのに、まるで同じことに思えない。なので自分でも驚くくらいに冷静に話を聞けていた。

「……」

聞いた話を、整理することにする。

ひとつ。
クラトカヤ・レーヴァンテインという女は、ある村から“いなくなった子供を探してくれ”という依頼を受けたこと。
近辺では何十年か前から奇妙な子供狩りや村が焼かれる事件が起こっており、それがまた頻発するようになったのだと。自分の村に手が及び始めたことを恐れた住人たちが、住人の有り金全てを積んででも、と、この女に依頼をしたのだという。
金は取らなかった、とクラトカヤは言っていた。村の金などはした金に決まっているのでね、と言っていたけど、結局のところこの人間は“いい人”だ。多少、いや相当狂っているだけで、善悪の判断に強烈なバイアスこそかかるだろうけど、その判断はつけられる人間だ。ついているのか?自分はつけられていると思っているけれど。
そしてその原因を探っていった結果、リーンクラフト研究所にたどり着いたのだという。そこで何かもう少し頭の良い手段を取ればいいと言うのに、彼女が取ったのは当然ながら強行突破だった。
ひとつ。
クラトカヤ・レーヴァンテインという女は、リーンクラフト研究所を最初から全てぶち壊すつもりで乗り込んだのではなかったということ。
受けた依頼はひとつだけだ。“いなくなった子供を探してくれ”ということだけだ。つまり、子供を探し、無事でも無事でなくても、連れて帰るか何かすればそれでいい。結論から言うと依頼をしてきた女の子供は無事ではなかったらしいが、それ以上にクラトカヤにとって“気に食わない”ことがあったのだと。なので全て暴れて叩き壊すことにしたのだという。即断即決有言実行、リーンクラフト研究所はその日、致命的なダメージを受けて潰えた。
ひとつ。
クラトカヤ・レーヴァンテインが気に入らなかったことは――

『わたしは利用される子供が嫌いだ。子供を利用する大人はより嫌いだ。ましててや真っ当に生きていくすべを奪うのには反吐が出る』
『あの研究所はなあ!ニーユ=ニヒト・アルプトラ!始めこそ確固たる理念の元に建てられた場所かもしれないがクソ食らえだ!村を焼き子を攫いそしてどうすると思う――』
『何の目的かはわたしは知らんが、よく言うことを聞く生体兵器が欲しかったんだそうだな。……心当たりはないか?例えば、九番目の獣、ノナティア……』

聞いたことを思い出すたびに、だらだらと嫌な汗が流れてくる。
何故あんな冷静に話を聞けていたんだ。何でもない事のように返事ができていたんだ。そう思えば思うほど信じ難くなり、けれど確かに彼女はあの日研究所に来たし、彼女の言うように暴れまわった。本当に恐ろしかった。壁を紙切れのように引き裂いてまわって、実験機器をその辺の小石のように蹴飛ばして、そしていろいろな人を生き物を、何でもないように斬り伏せて殺した。

『わたしが何故お前をすぐに斬らなかったのか、教えてやろう。それはお前が分からなかったからだ』
『大人は殺した。子供は逃した。哀れな子は生かしてもしょうがないから斬り殺した。お前はそのどれとも分からなかった。故に問いかけたのだ』

ずっと頭の片隅に残っている言葉だ。自分の命運を決めた言葉だ。

「……問おう。お前はどうする?わたしの前に立つか?」

言葉の重みを改めて感じて、またしまい込む。
その時の自分は、怖かったのもあったけれど、ここで死ぬより、という打算のほうが強かったように覚えている。首を横に振ったら見逃してもらえるのではないか。そう思ってそうした気がするし、今ここに立っていられているので、その選択は間違っていない。

「……」

村焼き。子攫い。生体実験。
炎の中から助け出されたわけではなく、自分だけ連れ出された。姉(と名乗る男)はそれをずっと探していた。
クラトカヤがやってきたのはきまぐれではなく、人から頼まれてだった。

「……私は……」

結論はもう出ているに等しい。きっとそうだ、という結論がある。あの場所でされてきたことを思い返すたびに、今まで聞いた話をまとめるたびに、そうとしか言えなくなっていく。

自分も被害者だ。クラトカヤ・レーヴァンテインの被害者でもあり、リーンクラフト研究所の被害者だ。

それの意味するところは、もっと根深い。
これから先、ありとあらゆるいろいろなところできっと尾を引く。躊躇せざるをえないことがいくつもある。今少し考えただけでそうなんだから、これから、きっと、もっとたくさん見つかる。

「ニーユ」
「……あ、うん、何」
「要塞戦の準備。味方のデータはざっと洗ってきたけど、お前最近ほんと似たようなことするやつに当たってんな」
「運がいいのか悪いのかって感じだよ……」

もう少しタイミングを図ればよかったかもしれないと思う。次のミッションは要塞攻略戦で、スーが出してくれた同チームのデータを見る限り、バイオスフェアのようなことは起こらないだろうと見ている。知り合いもいるし、そうかっこ悪いところは見せられない。
そう言うときに聞くべき情報じゃなかったのだろうけど、クラトカヤという女はこちらでは制御できない。――人を殺したときよりはずっと落ち着いている。

「……あの女か」
「何が?」
「狂戦士!何かするって言ってただろ」
「ああ、うん……あのさあ、スー」

帰ってきたら教えて欲しい。そう前置きをして、ニーユは口を開く。
何もかもを諦めきったような顔にも見えたし、決心のついたような顔にも見えた。いずれにしても、今まで一度も、スーですら、見たことのない顔をしていた。

「俺ってさあ。もしかして、――もしかしなくても、普通の人間じゃ、ねえのかな」

左頬を触りながらそう言って、ニーユは視線を落とした。
隠しておいたほうがいいから隠しておけ、と言われたもの。このテーピングの下は、傷跡ではない。印だ。いつかに刻まれた管理のための印だ。何故そうされたのか、今なら嫌というほど分かった。