29:つくるものの誇りと驕り

『……本気で言っているんですか?』
『……どういう意味だよ』
『そのままの意味ですけど。本気で言っているんですか、自分の操縦棺を棺桶にしないで欲しいって』
『……だって……だって、お前、俺は』
『じゃあ何で操縦棺作ってるんですか?失礼じゃないですか』
『失礼って、何に』
『あなたの操縦棺を選んで、戦場に出て行ったライダーにですよ』
『それは……』
『そんな気持ちでハイドラのパーツ作るんなら、もうパーツなんて二度と作るな』

鮮明な閉じられるドアの音。夢の中の音だと気づいた頃には、目が覚めている。
寝覚めはいつもに増して最悪だった。崩れる機体の音。聞いたこともないはずの誰かの悲鳴。罵声。自分を責める声。
軽い相談のつもりで吐いた言葉は頭からボコボコに叩かれ、自分は欲しい言葉が受け取れなかったことにただただ拗ねた。一言「大変でしたね」でよかったのになんて、今更言えない。言ったところで言ってくれそうにないのも知っているし、時間を置いて冷静になれば分かるのだ。彼女の言っていることのほうがよっぽど正しい。
端末のアラームが鳴る。ここではない整備工場で、――打ち合わせの予定。

「……そう、だった……」

知り合いと戦場が一緒になるのは、純粋に嬉しい。知らない人ばかりのとこに二人きり、よりは、ずっとずっといい。今回は何より明確に役割が分かれている相手だから、戦果の奪い合いになる心配もない。
――いつも通りならの話だ。
二重の意味で気が重い。鳴りっぱなしだったアラームをようやく止めて、ニーユは服を着るために立ち上がった。


バルトロイ・クルーガーとニゲルテンペストの失踪。
あまりにもその言葉には現実味がなく――というのも、このバルトロイ・クルーガーという男だからこそだ。何事もなかったかのようにそのうち帰ってくるだろう、という恐ろしく確かな確信がニーユの中にはあり、故にニーユも、自分の機体の索敵機能を強化したりするつもりはさらさらなかった。それどころか場合によっては、レーダーを下ろしてもいいと思っているくらいだ。大事なことは戦場でバルトロイ・クルーガーを探すことではない。影の禁忌とやらをいい感じにいなすことだ。その間に火力を担当してくれる各位が雑魚を散らして影の禁忌をどうにかしてくれるだろう。見た限りでひどい戦場ではなかった。いつぞやのバイオスフェアのような。

「失礼します。ニーユです、打ち合わせに――ウワッ!?」
「はい。待ってましたよ」
「……び、びっくりした……あの、いきなりドア開けるのは」
「さっさと入ってくれませんか」
「あっはい」

勢い良くドアを開けて出てきたのは、いつもと変わらない様子に見えるチカだった。とはいえすでに、もうものすごい気まずい。用件が終わったらとっとと帰りたいくらいに。

「準備はできてます。そちらはどうですか」
「……。……いくつか案は持ってきました。そちらの出方を推定した上でのアセンブルですが……あとは索敵面をどうするかというので」

気まずい。
これ絶対まだ怒ってるやつだ。

「分かりました。リタさんもいますから、うまく行けばすぐ済むでしょう。どうせさっさと帰りたいと思ってるんでしょう?」
「……ッ。……あのさあチカ、……いや、あとでいい。先に打ち合わせを済ませましょう」
「はい」

気まずい理由は分かりきっている。軽い気持ちで吐いた嘆きが、彼女の逆鱗に触れた――とでも言えばいいのか。とにかく、自分の得たかった慰めの言葉は得られず、もっぱら一方的に言葉で殴られて終わった。
そのときにバルトロイ・クルーガーがいなくなった、ということを伝えに来ようとしていたことはあとで知ったし、彼女には申し訳ないことをしたと思っている。身内(と呼んでいいのか?)が失踪した人間にかけていい言葉ではなかったという理解だ。
けれどどれだけ考えても、ライダーに失礼だ、という言葉の意味だけは自分では理解できなかった。では何を以てして償えば――というわけではないけれど、そういう気持ちを持ったままパーツを作ることの何がいけないのか、どうにもいまいちわからない。死んでほしくないから。死んでほしくないから、そのときできる最先端の技術を、性能を、という考えはおかしいのだろうか。
できたら、その話をしたかった。それは落ち着いてからでも遅くはないと思っているけれど。

「ニーユさん。こんにちは、わざわざこちらまでありがとうございます」
「いえ。できることなら打ち合わせはしておきたいものですから、ご心配なく」

スイートチャリオット。かつてリタ・バークレーが乗っていた機体を引っ張り出してきて、彼女たちは戦場にバルトロイ・クルーガーがいる可能性に賭けている。三人いる“彼女たちのひとり”は、今日はここにはいない。毎日探し回りに出ている、と聞いている。当日に無理のない範囲にしてほしいと思いながら、自分も僚機にいなくなられたらそうするだろう、と思う。

「タンクと言うことでしたけれど……射撃で行かれるんですか?」
「いいえ。予備のパーツはバルトのハイドラのためのものしかないから、私たちも基本的に同じ立ち回りをします」
「はい。ですけど、ダイスさんのことがあるので……少し後ろに下がろうかと思いまして」
「そうですか。それを聞いて少し安心しました」

女子二人があまりにも前に出るつもりがあるのだったら、全力で止めるつもりがあった。自分の僚機のことを棚に上げているようではあるが、そのために進んで盾をしている。根っからの戦闘狂とか、そういうのだったらまた話は違っていたのかもしれないけど、彼女らはそうではない。

「……私はレーダーを下ろします。全てダイスさんに任せようかと」
「いいんですか?ミオちゃんのこと……」
「そこも含めて。逆に言えば知り合いがいないと、こういうことはできませんから……」

信頼がある。数値としても、人間としてもだ。
それは向こうも、こちらも同じ。種類の違う戦果のランカー経験者が、ちょうど揃っている戦場で、わざわざ仕事を奪い合う必要はない。逆に手が空くのなら、都合がいいくらいだ。

「あの子には好きにさせます。私はあなた達を守る盾になります。――片手間にバルトロイ・クルーガーを探す暇を与えられるくらいには」

その言葉に、嘘偽りはない。
そのための手回しはもう始めているし、おかげでできれば二度と関わりたくないと思っていた男と、一月も経たないうちに連絡を取り合う羽目になっているのは、目を瞑る。

「……。……妥当ですね。ニーユさんは防衛戦果で結果を確かに出していますから。今回もティタンフォートでしょう?」
「はい。そのつもりです」

何か言いたげな言葉が伏せられて、無に帰された。今踏み込んでいいものではないと判断する。

「ですので、……よろしくお願いします」
「ええ。こちらこそ、よろしくお願いしますね」
「分かりました。やれるだけのことをします」

話はまとまった。やることはいつもと変わらないどころか、ひとつ減った。他人に任せられるということが、なんと気が楽なことかと思う。
そのまま帰っても良かった。けれども、それは自分の心が許さなかった。

「……あ、チカ。ちょっと……」
「何ですか」

露骨にトゲの立った言葉が吐かれ、身を竦めそうになった。
喧嘩をしたいわけではない。そうじゃない。この間のことを、きちんと言いたい。言われっぱなしの自分ではなく。
――自分の意志で立っていることを証明したい。

「……あのさ。今度、ちゃんと……真面目に話がしたいから」
「……」
「バルトさんが見つかったあとでいいから……俺に時間をくれないか?」
「……わかりました」
「じゃあそれで。……また連絡する」

言った。言ってやった。やりきったつもりで、整備工場をあとにする。
帰ったらアセンブルの整理し直し。僚機の装甲の補強。やることは多い。

「……はあーっああー!!」

いろいろな気持ちが綯い交ぜになって、意味のない叫びが漏れた。