30:ベルベット・リーンクラフトの叫喚暴走

ベルベット・ミリアピードに、久々に別の火器が載せられていた。
というのも、なぜだか不可解なこちら宛の送品が二件もあったのだ。すでに金は収められているというし、自分がやった記憶はまったくない。スーにも確認したが当然そんな事実はなく、念のためと思って僚機にも確認したが、そもそも彼女が自分宛てにものを買うことは頼んだ時以外にはないことを思い出した。

「もう二本乗らないかと思ってたけど、載るもんなんだな……」
「何してんの?出撃前に」
「いや……なんか、何でだか知らないけど俺宛に焼夷機関砲が届いて……ちょっと懐かしくなって」

焼夷機関砲B。その火力――と、重さは留まるところを知らない。重さこそパワーであるとすら言えるが、積載量に自信のある重多脚のカテゴリに属しているベルベット・ミリアピードですら、複数載せは厳しい。積載量とのギリギリの戦いを強いられるのだ。
思い入れは強い。絶望的な戦場を生き抜いたときに握っていたものだ。無限とも思えた量のバイオ兵器を焼き尽くした、バイオスフェア戦で。

「……ま、どうせ決まってんだろ?」
「単純に載るか確かめたくなっただけだから、もうすぐ降ろすよ」

一人は前にも取引をしたことがあるし、と言って、ニーユはふっと顔を切り替える。

「ところでお兄ちゃん」
「やめて」
「……。……スー」
「あん。何」

不意のお兄ちゃん呼びに渋い顔がされて、本当にまるで関係ない話がされるんだなと察した。出撃の直前になって、本当にしょうもない話を投げかけてくるのはよくあることだったので、何も気にしなかった。
要は怖いのだと思っている。その場に向き合うことが怖いのだと思っている。怖いから、どうでもいい話で気を紛らわせたり、ずっと機体に向き合ったりする。彼はそういうひとなのを、ずっと前から理解している。

「いや……なんか……何だ。女子をなんか……甘いもの食えるとこに連れてくのは……ありなのかどうか」
「アリだろ。っていうか何で?何でそれを俺に?お兄ちゃんはそういうシステムではない」
「システム!?」

今日もそうだ。そういう言葉とは裏腹に、ニーユの手はよく動く。いつも僚機のためにそうしている、僚機のために尽くす、僚機の足りないものを補うアセンブルだ。重い機体の欠点である機動力を可能な限りで押し上げるべく、射撃武器と格闘武器を一本ずつ構えて連動攻撃も可能にしてあるし、いざという時には通信救護を行うために索敵範囲も大きく広げた。
載ることを確かめただけの機関砲は、HCSには接続されてすらいない。普段のヒートストリングとロケットを後で積み直すのに、接続までするのは面倒だった、という気持ちだ。

「いや俺だって知らねえよって言いたかったの。つうかチカならどこでもいいだろ、あの女っ気もクソもねえようなやつ。胸もなければ愛想もないじゃーん」
「お兄ちゃん」
「だから」
「……お兄ちゃん?」
「……わかった今のは俺が悪かった謝ります。ごめん。けどそういうの俺に聞かないでください俺もわかんないです」

威圧するような重低音で『お兄ちゃん』と呼ばれて、スーはニーユを怒らせたことを理解した。でもチカについては実際そうだと思っているので発言は撤回する気はない。
思えば自分も、そういう話をする相手がいなかったし、ニーユだってそうだ。何もなければあるいは――そもそも、出会ってすらいなかったのだろう。互いに交わらないまま、知らないまま、どこかで生きていた。

「つーかちゃんと考え纏まったの。あいつそれこそ重箱の隅にパイル突っ込むみたいなことすんだろ」
「壊れるだろそれ」
「たとえだよ」
「……まあ、うん、自分なりに……」

手が止まる。

「チカには少し相談したし、――ジルさんにも背中を押してもらえた。から、もう怖くはない。俺はこれからも操縦棺を作れる」

私は、死にません。必ず、帰ってきます。
十一歳の少女が発するのにはあまりにも重く、あまりにも力強い言葉だった。彼女は強い。あまりにも強い。あんなことを言い放った自分がバカバカしく思えるくらいには、強い。
自分に比べたらずっと戦うことに向いている。それは僚機もそのように思えたし、子供がそうやって前に出ているのを見るのは、心苦しい。自分は戦えているのか。結果は確かに出ているけれど、それでも疑心暗鬼にならざるを得ない。
自分は弱い。自分はこの領域にいる誰よりも弱い。そうに違いない。
――ひとの言葉一つで心乱されるような自分が人の命を預かるようなことを言ったりしたりそんなことが本当に許されるのか?

「……けど、あのひとの。……俺はあのひとの言い分がわからない。わからないし、聞きたくなかった……なんであんな……正直、まだ全然落ち着いていないけれど――」

がくん。
言葉が唐突に遮られる。あまりにも度し難く突然に、全ての力を奪われたような気にさえなって、膝をついた。覚えのある感覚。

『“リーンクラフトの子供たち”9番のバイタル数値低下を確認。所内規約に則り中枢をテイクオーバーし、コントロールシステムの制御下に置きます。データロード中。対象者、ニーユ=ニヒト・アルプトラ。前回データを参照……終了。神経に接続……エラー。エラーが発生しました。エラー処理を試みます。エラー。』

聞き覚えのある霊障の声がガンガンと頭を揺らす。何か超常的な力が自分の頭の中に踏み込もうとしてきていて、それを必死に拒んでいる。
操縦棺の外ではほぼほぼ聞くことのないベルベット・リーンクラフトの声が、頭の中で暴れる。

『ルートを変更。タグからの接続に切り替えます』
「ふ、う……ぐ、……ッ……!!」

ばちん。いつぞやもあった耳からの衝撃と、そこから何かが入り込んでくるような、嫌な嫌な感覚が全身を支配する。
次に目を閉じたら、きっと自分が自分でなくなっている。それが痛いほど分かった。つらい。

『接続……成功。エラー、切断されました。拒否されている?なぜ?どうして?』
「だ、だって、俺は……俺はァッ!?」

雷に撃たれたように仰け反って、ニーユはついにぴくりとも動かなくなった。虚ろな目と、欠片も動きすらしない身体がそこにある。
――嫌というほど見た記憶が蘇ってくる。それが嫌で嫌で仕方なくて、こいつにはいい子でいろとひたすら教え込んだのに!

「ニーユ!?」
『刺激追加で沈黙。接続……成功。安定。安定しています……』
「ニーユ!おい!……クソ、どうなってんだよ!クソムカデ!ベルベット!何やって……ウワッ!?」

突如立ち上がったニーユが、頬の絆創膏を剥がした。
刻まれている幾何学な模様は、区別のためのコードだ。いつ来た誰か、何をされた誰か、データベースさえ残っていればすべての情報を引き出せる。当然ながらもう、そんなものは残っていない。
隠しておけと言い続けていたもの。ファッションと言い張るのには苦しく、それならまだ古傷だとごまかす方がいい。他人に見せないほうがいい。――最悪お前が、ありとあらゆることをされてきたことがバレるから。ずっとそう言い続けてきたものを、あまりにも簡単に露出させた。

「ニーユ!!」
「――それでは。それでは、殺しに行きます。全てを焼き尽くし焼き払い、“あたしたち”は全てを破壊する!」

霧の吐かれる音がする。外のベルベット・ミリアピードが動き出した音がする。

「クソムカデ!!おい!!何しやがった!!」
「……ごちゃごちゃ五月蝿いんだよ!!」

動作を制御しようとスーが端末に伸ばした手を掴んで、ニーユはそのまま彼を投げ飛ばした。壁に激突した身体が崩れて、パイロットスーツに包まれていた身体は容易に半壊する。立てるようになるまで身体を再構築し直すよりもずっと早く、ニーユは外に出ていってしまった。
――ハイドラの動き出す音。

「――行きましょう。全てを殺しに行きましょう。邪魔をするもの全てを殺しに行きましょう!それが“あたしたち”の使命なんですから!」

霧が勢い良く吐き出された音。多脚ががちゃがちゃと音を立てて動いていく音。そこにどこからかの着信の音まで混ざり込んで、気が遠くなる。
まず誰だ。誰に何を伝えなければならない。――いつも一緒に戦場まで行っている、彼の僚機か。そこからだ。着信に出ている場合ではない。

「……クッソ!!」

ようやく人の形で立ち上がれる状態になって、スーは毒づきながら立ち上がった。