37-1:眠れる巨躯が動き出す

正直なところ、僚機を解消するとまで言われるのを覚悟していた。僚機を組んだ初出撃は自分ではなく、そして今回は。

「……『ゼービシェフ』で?」
「……う、はい。『コロナ・メリディアナ』をまた借りるのも考えたんですけど、今回は動かせないって言われてしまって……」

ベルベット・ミリアピードは、前の戦闘から帰投すらしていない。乗り手のスー……もといエルア=ローアごと帰ってきていない。
搭載されているAIの方は、なんてことのない顔で『あのクソが全部悪いわ!』と言ってのけるのだ。場所の逆探知もできなければ、通信にエルアが応じる気配もなかった。
真っ先に思いついた頼みの綱のコロナ・メリディアナは、向こうの企業の霜の巨人対策で動かせないとあっさり断られてしまった。ニーユの手元にあるハイドラは、先週回収してきたゼービシェフだけだ。

「アセンブルはどう変えるの? あれは『ライズラック』以上に前がかりな機体だったはずよ。ミリアピードと組むのならばともかく、盾になるものもないのに慣れないあなたが乗り込んで、まともに戦えるとは思えない」

ミリアサービスまで出向かせたエイビィに、ゼービシェフで出撃する――出撃せざるを得ないことを伝えた瞬間の苦い顔というか、呆れた顔というか、今まで誰かとやり取りをしてきて見たことのないような顔をさせてしまって、とにかく申し訳ない気持ちでいっぱいだった。
そして何より、エイビィの言うとおりなのだ。ベルベット・ミリアピードを射撃による攻撃型のアセンブルにしたことこそあれど、純粋な格闘機には乗ったことがない。

「で、ですけど。俺が休暇を取るよりは……マシだと、思います……少しでも、……敵を倒すのに、貢献できるなら……」
「ええ、そうね……あなたのお兄さんにも言ったわ。欠けられるよりはマシ」

情けない話だ。まさか自分の機体が帰ってこないとは思うまい。一体何のつもりで、何のためにエルアがそうしたのか、ニーユには皆目検討がついていなかった。
いつこの場で僚機の解消を切り出されるか、そうなったら残りの戦いはどうすればいいのか。それに怯えるあまりに、声も震えた。
エイビィは頭を振ると、仕方ないと言わんばかりに声を上げた。

「アセンブルを見せてちょうだい。あなたがどんなにあたしを振り回しても、僚機になった以上は必ず同じ戦場に出る。なら、情けない戦い方をしてもらっては困るのよ」
「えっ、あっ……はい、これはまだ、当時のそのままの……なんですけど……俺、格闘機のこと、全然わからなくて……」

振り回している。確かにそうかもしれない。けれど自分だって振り回されている側だ、と言いたかった。早く問いただしたくこそあったが、それが許される時間も環境もない。
ゼービシェフのアセンブルに目を通したエイビィが、みるみるうちに渋い顔になった。

「……本当にこんなアセンブルで戦場に出ていたの?」
「ほ、ほんとです。俺はあの……彼女のやることには口を出してなかったので……砕いた装甲を直してやるくらいしか……」
「前に見た時は、ここまでではなかった。ほとんど自殺行為だわ。……あんな戦い方でよく墜ちないものだと思っていたけれど」

こんなアセンブルが、何を指しているかすらも分からなかった。
ニーユはゼービシェフのアセンブルに口を挟むことはほとんどなかった。時折、操縦棺やエンジンを作った時なんかに、自分の操縦棺やエンジンが格闘機向けのものだからどうか、という声がけ程度しかしたことがない。
よく言えば好きにさせていた。悪く言えば放置していた。

「さすがにこのままでは出せない。ここから『ライズラック』の邪魔をしない形に、とまでは言わないけれど、少し弄らせてもらう」

エイビィの言葉に、頷くことしかできなかった。

「……、……同じ戦場にはあのギルデンロウやルカ・タオユンもいるわ。彼らは確かに、『ゼービシェフ』が狙われないような立ち回り方をするでしょう。自分のためにね」

名うてのランカーや見知った顔が多いことは、この状況においてはプラスのことだろう。
戦果を稼ぐのであれば同じ戦場で出会したくない顔も、今となっては心強い味方に思える。
端末の画面を叩きながら、エイビィが言う。難しい顔をしていた。

「でも、それでは足らないかも知れない。限界駆動はエンジンと機体に負担をかけ過ぎる。噴霧で撫でられただけで落ちる可能性もあるのだから……」
「……。……覚悟はできています。ミリアピード用に発注したオーバーロード向けのブースターもある……」
「オーバーロードまで考えているの?それは……」

何か言われそうなのを遮って、ニーユは捲し立てるように言った。
自分の覚悟はできていることを証明したかっただけなのに、どうにも先走っていく。

「だから、あの、教えてください。俺、そのためだったら何でもします。今からゼービシェフに、ベルベットを組み込んでもいい」
「何でもするなどと気軽に言わないで。……あなたがこれからしようとしていることは、あなたが責任を取ること。あたしはそれを受け入れざるを得ないというだけ」
「そんな、そんなつもりじゃないです、そんな気軽に俺が何でもするって、言うとでも思ってるんですか……あなただから……あなたが俺と組んでるから!言ってるんです!」
「だから、気軽だと言って……仕方ないわね」

勢いのままに発した言葉は、エイビィの首を静かに横に振らせた。
諦めた、あるいは呆れたような顔で、エイビィは言う。そういう顔をさせているのが申し訳ないと思ったが、――これは本当に自分が申し訳ないと思っていいことなのだろうか。そこが引っかかり続けている。

「ウォーハイドラは、戦場に合わせてその機能を柔軟に変えることができるのが強みよ。あなたがそうと決めたのなら、『ライズラック』もドレスを変えるわ。可能な限りはね」
「……すいません。ほんとに、すいません……えっと、なんかその……今度、何か作ったりしますから……あなたのために……『ライズラック』のために……」
「あのねえ……」

深い溜め息。エイビィは心底呆れた、と言わんばかりの顔をしていた。
なにかまずいことを言ったかとおもって、身構えた。

「な、なんですか」
「何かで埋め合わせをしたから、それでよしとできるようなことではないでしょう、これって」

翠がかった金の瞳が、すっとニーユを捉える。

「あたしはあなたを甘やかすつもりはないけれど、あなたは自分が何をするかを決めているのだし、あたしをそれに巻き込むことも辞さないでいる。なら、もっとそれなりに、傲慢に振る舞いなさい。あなたは自分勝手な男なのだから、それを自覚するところから始めて欲しいものだわ」
「……は、はい……」

自分勝手。そう評されるとは全く思っていなくて、目を瞬かせるしかなかった。
確かに、これしかできることはないと思って、であれば可能な限りで付き合ってもらえないだろうとか思ってはいたけれど、自分とは縁遠い言葉だと思っていた。

「まあ……いいでしょう。あなたと『ゼービシェフ』のこと、守ってあげる。ただし、今回だけよ」
「……すいません……こんな、イレギュラー続きで……俺はこんなつもりじゃ……」
「ふふふ」

本当にこんなつもりじゃなかった。自分がライズラックを守り戦うつもりでいたのに、この有様だ。とは言えこちらが慣れていないのは事実だし、そうであれば“先輩”の言うことには従うべきだ。
言い淀む様を見てエイビィが笑みを浮かべていたのは、はたしてどういう理由なのだろう。

「霜の巨人……アレは、世界を凍らせ、生命の種子とやらを芽吹かせないための存在だそうね。あんなものと戦うこの時に、いつもと違うアセンブルをすることになるとはね」
「……正直不安です。……お兄ちゃんが何考えてるのかも分からないし……なんで……」

ベルベット・ミリアピードごと失踪――というべきなのか、帰ってこないエルアのことを考えても、何も解決はしない。不安を吐露したって帰ってくるわけでもないし、状況が変わるわけでもない。改めて息を吐いて、ニーユは覚悟を決め直した。
――ゼービシェフに乗る。その意味を、よく噛み締めながら。

「あのエルア=ローアがね。考えなしにことを運ぶ男ではないとは思うけど……とにかく、あたしは役割を果たすわ。それだけは確実よ。ハイドラライダーとしてのね」
「……。……はい。俺も、そうしようと思います。エイビィさん、俺に力を貸してください」

この男は、エルアのことをどう思っているのだろう。先週何か失礼はなかっただろうか。そういうことのないようにベルベットも連れて行かせたけれど、彼女はエルアの抑止力にはなり得ても、彼女を止めるものはいないということに気づいたのは、行かせてからのことだった。

「全く……どちらが『奉仕者』なのか、分かったものではないわね、ニーユ=ニヒト?」
「……『奉仕者』……?」
「何でもないわ。……次は戦場よ。アセンブルを詰めましょう」
「……はい!」

真っ先に降ろされた電磁アックス二本のデータを確認して、ニーユは口を引き結んだ。
次は自分がこの斧を振るのだ。道を切り拓くために、振らなければならないのだ。