38-2:二番目の意図的オーバードライブ

無遠慮に、そして可能な限りで自分に怒りが向くように、だ。
慣れきっていた。いつもどおりの役割をこなせばそれで済むことだった。

「ひとを診れる医者がいるんだろ?なんとかしてやれよ」

ミリアピードの装甲の内部から、実に適当に放り出されてきた操縦棺――破損が激しく、錆びついた鉄の臭がする――が、湿り気一つない地面に落ちる。隙間から液体が広がって大地を濡らした。
一回り前の、旧型の操縦棺。彼女を抱いて無傷でいた棺は今、もはや見る影もなくなっている。

「じゃ、よろしく」

人の命をまるでなんとも思っていないような物言いも、慣れたものだ。あんなところにいたら嫌でも覚えた。
怒号が聞こえた気がする。いいだろういくらでも、嫌われる役は自分ひとりで十分だからだ。

俺が悪い。
俺だけが悪い。


  ◇  ◆  ◇


自分の振る舞いに、黙っていない人間がいるだろうことは分かっていた。確実にそうなるだろうことは分かっていた。
だから、ただそこに立っているだけで良い。艶のある髪の毛が風に流されていく後ろに、聞こえてくる足音は二人分。

「おい、水まんじゅう」
「あンだよクソジジイ」

これは、ここまでの全ては、自分の我儘であり復讐であり、そしてそうすることしかできなくされてしまった哀れな子供が喚いているだけなのだ。
付き合わせることに申し訳無さを覚える自分が暴れている。行き場のない怒りをぶつけたいだけの自分に押さえつけられて、あっと言う間に黙り込んだ。
すっと背筋を伸ばして、やってきた壮年二人を見た。怒りを隠さない方と、比較的落ち着いているように見える方。

「昔っからそうだったなあ。お前のその減らず口はよお……クッソも可愛げがねえ!だがさっきのアレは可愛げがねえなんてモンじゃすまされねえぞ。お前にとって、アイツはそんなモンだったのか!?」
「ハーン。そんな今更なことを聞くのか。俺に」
「減らず口ばっかりで大事な事何一つ話さなかったバカがいたからな」

自分たちはとことんまでに、人間を信じられなくなっている。
それはきっとニーユも同じだろう。ニーユも同じで、けれども彼は本質的に穏やかで優しいから、周りに溶け込むように振る舞える。絶対的な距離は取りながら。
自分たちにはそれができない。できる誰かもいるかもしれないが、わからない。そいつは出てきたことがない。
こうすることしかできない自分たちが悲しいが、悲しいという気持ちよりもずっとずっと、面白いという気持ちのほうが勝ってしまう。

「なんのことだか」
「てめえ、そろそろいい加減に……!」
「シンジ」

ぐっと拳を握り締めて歯噛みするシンジの肩を叩いたのは、バルトだった。
この男が一歩引いたところからこちらを見れているのは、拾うだけ拾ってきてあとは放って行ったからだろう。少なくともエルアはそう思っている。

「きっと何か言いたい事でもあるンじゃねえのか?この水まんじゅうにもよお」
「コイツが何考えてるかなんて今は知りたくもねえよ……言いたい事あるなら素直に話せばいいだけだ」
「まるで構ってもらえなくてダダこねてるガキに見えるぜ、オレには」

素直に話せるほどひとができてもいないし、そうでなければ大人にも成りきれずに死んだ。永遠の子どもたちだ。

「やり方が下手くそだって言ってんだよ、オレは。もっとガキなガキらしいやり方だってあるだろうが。下手に頭ン中だけ育ちやがったせいでロクでもねえ事ばっかりしやがる」
「うるせえよ。だから何だ」
「話は最後まで聞けクソガキ。なんでお前らは揃いも揃って、一人で何でもやろうとするんだ」

――その通りだと思う。それが自分たちに対する正しい評価だと思う。
頭がそれを理解していても、それを素直に受け入れようと囁いてくる自分がいても、主導権が復讐者たる自身にあるうちは、どうにもならない。できない。
できたらとっくにやっている。

「ちったあ周りの大人を頼ることも覚えろ」
「――うるせえよ。うるせえな!!俺たちのことなんか誰も分かってくれやしないんだ!!お前らに分かるかよ。分かってたまるかよ……」

子供が駄々をこねている。ただそれだけのことに、大人二人を付き合わせている。
ある意味で正しい挙動のような気もした。自嘲的に笑う自分と、何ひとつを認めたくなくて叫ぶ自分がぐちゃぐちゃになっていた。

「なんだそりゃ。ここに来て悲劇のヒロイン……いや、悲劇のまんじゅうってか!笑わせるな!」
「そっちが分かってくれねえって言い張り続けてンなら、そりゃあオレ達にはわかる筈もねえってな!」

それはそうだ。ごもっともだ。
向こうの言い分が全て正しくて、こちらはただの我侭を捏ねているだけのガキだ。それは何も、――何ヶ月も前から、いやもっともっと前から、成長していない。成長できない。

「言いたい事があんならちゃんとはっきり言え……けど、それはそれだ。テメエは許さん」
「……あ?」
「お前とニーユがどういう関係かは知らねえが、アイツは俺の大事な弟子なんだよ。可愛がられて黙ってるワケにはいかねえんだよな!」
「何だよ。やんのか?」

誰かに適切に怒られたいだけだった。
身近だった大人には誰もそうしてくれる人がいなくて、そもそも誰も、子供だとは思っていてくれなかったんだろう。死ぬときまで。

「お、やるか?いいぜ、クソジジイの底力見せてやるよ。クソまんじゅう!」
「水まんじゅうてめえ潰して黒蜜掛けて葛切りにしてやるからな」
「……はあ?」

知らぬ言葉に呆れ尽くして、このクソガキに付き合ってくれることにも呆れ尽くしている。だがそうであれ。そうであればあるほどよい。
そうであることを強いられてきたことへのせめてもの報いと、――そして罰であれば良い!

「いいぜクソジジイども!あと俺は水まんじゅうじゃねえって何度言ったら分かるんだよ腕のある方のクソジジイ!」


  ◇  ◆  ◇


スー、もといエルア=ローアの戦い方は、一言で言うのなら手数重視だった。到底人間では目視で追いきれない素早さを持つどころか、殴れば身体がその言葉通りに“砕け散る”。
風を物理的に捕まえようとしているかのようだった。出力を上げたバルトの渾身の義手による一撃は、身体が物理的に崩れることによって避けられる。そしてその崩れた青いスライムが、追撃を許さない位置で見る間に人の形をとるのだ。

「おっとぉ」
「クッソてめえ、すばしっこすぎんだよ!」
「水まんじゅうならもっとおとなしくして――ウオッ!?」
「水まんじゅうじゃねえっつってんだろクソジジイ!!」

無駄口を叩いている暇があるならこちらを見ろと言わんばかりに、青く透き通った脚がシンジの足元を払って転ばせていく。生暖かい鞭にでも撃たれたような感触と共に尻餅をつかされたシンジは悪態を吐いた。

「あー、クソ!埒があかねえ!」
「……おい、シンジ。アレしかねえんじゃねえか?」
「だな。アレしかねえ……上手くできるか?」
「バカにすんな!任せとけ」

構えを保ってこちらを睨みつけたまま後ろに下がっていくシンジを見やり、エルアはバルトの方に視線を移した。少ななくとも一般人を蹴るよりは心が痛まない。が、減らず口は当然ながら減らない。

「おっ。うるせえ方死んだか?」
「遊びは終いだ。いや、オレ達が遊んでるうちに満足してくれりゃあよかったのにな」

右手の指が眼帯の紐を引っ掛ける。黒い小さな影が青空の下に舞った、その次の瞬間だ。
踏み出した方向がバレている、と気づいたときには、もう何もかもが遅い。

「――ッ!?」
「バルト!」

元々息などしていないが、息が詰まる瞬間があればまさに今なのだろう。強く叩きつけられた上に乗られるが、まだ逃げ出せる。股の下を潜って背後から蹴り飛ばしてやろうと思っていたが、もう一人のことを完全に忘れていた。
飛んできた缶の容器。蓋が開くのと同時に激しく気化していく音。

「もう逃げられねえぜ!」

叩きつけられたものが何かを理解するよりもずっと早く、荒野に飛び散ったスライムが凍りついていた。


  ◇  ◆  ◇


タカムラ整備工場に、凍ったスライムが放って置かれている。ちなみにこれで二日目だ。
聞けば、男二人と大乱闘を繰り広げたのだという。元気なスライムだ。人のことを適当に放り投げておいて何を、と思いながら、ニーユはとにかく頭を下げるしか無かった。

「全く!いい大人がなにをムキになってるんだ!……メンテナンスをするこちらの身にもなってくれ」
「さーせんっした……つうかオレぁ悪くねえよ。どう考えてもそこの氷まんじゅうが悪いわ」
「……すいません……ほんとすいません……」

面白かったからいいぜ、などと言ってのけられても、申し訳ない気持ちには何の変わりもない。
どうしてこんなことをしたのかなんて、分かりきっている。――“お兄ちゃん”は昔から、そうやって自分たちを庇ってくれる人だった。

「ああそうだ、そこの氷まんじゅう君のデータはもらってもいいのか?もちろん、迷惑料としてだよ!」
「えっもう全然いいですよ。なんなら量り売りしますか?よく増える培養装置のチューンナップもこの場で教えられますが」
「本当かい!?いやあそれはとても嬉しいね。すぐにでも培養装置を準備しなければいけないな……」

それはそれとして、自分は相当怒っている。
今までの話が全て繋がるのは、よく分かっていた。道を正そうとするひと。せめて生き残れるようにしてくれるひと。わかりやすく言えば保護者。
――けれど、もう、

「ニーユ」
「あっ、はい」
「腕、よかったぜ。あんがとな」

自分にはいらないものだと思っている。
だからこそなのかもしれないと思っていた。いつまでもこちらを見ないようにさせたい、そんな我侭。