Day11:一人と一匹だけの海


:Reis Day11と同時間軸)
今この場に、エレノア・エヴァンジェリスタ・アルマスは、いない。

「……」
「……」

未開の地を進むキノイとドリスの間には、恐ろしいまでに凍りついた冷たい空気が流れている。現在地は海中なので、水というのが正しいのだろうか。
エリーは別の遺跡に向かっている。イフリートのいるという遺跡、その直前までの同行者を探している人がいた。それに乗ったキノイたちだが、エリーを派遣する以外の選択肢がなかったのだ。まさか二人でお願いしますなどと言いにいけるわけもなく、それが最も無難な択だったことは、三人とも理解している。
探しものを探せる場所は、多いほうがいいからだ。どこに流れていったかも知れない騎士団章、探しにいける場所が増えるのなら、それは願ってもない話だ。

「……」

それはそれとして、だ。
今この世で一番気に食わないクソネーレーイスランキングぶっちぎりトップ、二年連続最高金賞受賞!と言いたいくらいの勢いで気に食わないネーレーイスと二人きり、というのだけは、水中だが口から浮袋が出る勢いで嫌だった。
ほんと人間の仲間、それもめちゃくちゃ気が利いて可愛くて美人で真っ当な人間を引き入れることができてよかった。やはりあの時跪いたのは最良の選択肢だったのだ。
明日にはまたエリーと合流して、今進んでいる未開の地をさらに奥へと進む予定だ。今までつけてきた地図の先端に到達したことを確認してふっと顔を上げると、いけ好かない顔のクソネーレーイスがにたりと笑ってこちらを見ていた。何だよクソ。腹立つ。

「何すか」
「順調なの?」
「ハァ?見りゃ分かるじゃないすかそんなん。迷いもしないで昨日の到達地点まで来たの、どこからどう見て逆立ちしたって順調ですよ」

極力言葉少なに来たのは、可能な限り敵に見つからないようにするためだ。それは別段、今日だけというわけではなく、普段からそうしている。クソほどお喋りなキノイとて、時と場所をわきまえてお口チャックするくらいは簡単にできる。
探索の時は喋らないのね、とか、始めの頃こそ言われたが、騎士団で仕事している時にいつもぎゃんぎゃん喧しいと思われていると思うとものすごく癪だった。最近はもう何も言わない。何も言わずに、頑丈なキノイを先頭に、一番“脆い”だろうエリーを真ん中、しんがりをドリス――という順番で進んでいた。
今日は真ん中がいない。

「そうね、順調に来てるけど」
「それでいいじゃないっすか」
「別の方は?」

見下ろしてくる赤い瞳と目が合う。
心当たりはある。ボトルシップメッセージだ。というかそれしか思いつかない。

「返事はもらえたのかしら」
「ア?」

ウワッ絶対そうだ。死ねクソ。

「人のプライバシーにずけずけ踏み込んでこないでほしいんスけど。あんた子供がいたら届いた箱勝手に開けて嫌われるタイプの親になるんじゃないっすか」
「アナタ、面白いこと考えるのね。逆に感心しちゃうくらい」
「ア〜お気遣いどうも。ミジンコほども嬉しくない。むしろミジンコに失礼っすね」

仲間という体ではある。それ以上に、元いた国の騎士と罪人という組み合わせであって、追うものと追われるものだ。
仲間などではない。むしろ敵だ。それがキノイとドリスの関係性を表す、一番適切な言葉だ。

「ここに来てから、もう何日経ったかしら」

不意にそんなことを言われて、ふっと思考が止まった。
当たり前のことをどうして聞いてくるのか。自分たちが寝て起きた回数とニアリーイコールであるはずのそれは、妙に不安を駆り立ててくる。
ごくほんの僅かの違和感は、あっという間に口から罵声とともに吐き出されてわからなくなった。

「ハア〜?ボケてんすか?あんたが脱走しやがってから今日でぴったり十一日!クソみたいな試験を受けたのが二日目!部屋が決まったのが六日目で飯がうまくてサイコーの探索ライフが保証され始めてから五日!!あぁ〜あ俺海藻食べ放題に行く予定立ててたのに……クソ……」
「あら可哀想。誰のせいかしらね」
「同意もクソも何も求めてねえ!!バーカ!!クソネーレーイス!!あんたみたいなクソ野郎はそれこそほんとエターナルに深海牢にいるべきだったんスよ!!」

捲し立てるような言葉の中で、そういえばちょうど部屋が決まった辺りに予定を入れていたことを思い出した。凹む。結構凹む。
全てはこのクソネーレーイスが脱獄なぞしたのが悪いのだ。ぎゃあぎゃあ喚きながら指さして睨みつけると、鬱陶しそうに聞いていた(かどうかは定かではない)顔が不意に歪んだ。そのままいかにも“極悪人”とでも言えそうな顔で笑った。

「アルカールカ海底騎士団も、大したことないのねェ」
「……ハア?」
「そもそも、罪人に逃げられてるくらいだもの。今更だったかしら」

煽られている。それに気づくと、ぎゃあぎゃあ吠え立てている方が馬鹿らしくなってくる。

「騎士たちもあんな女王の言いなりになって大変でしょうねェ」
「――ハッ。よく言うッス、アビス・ペカトルのくせして女王の何を知ってるんすか?」
「少なくとも、アナタより知ってるわ。無知って愚かだこと」

ただでさえ冷え切っていた二人の間が、さらに数段深く凍りつく。互いに臆さない赤と黄の睨み合いが数瞬続いて、そしていつもと同じように、それを破ったのはキノイだった。
今、ここでこんなことをしている場合ではないのだ。全くもって賢くない。キノイもドリスも目的は探しものであり、わざわざ未開の地に殴り合いの喧嘩をしに来たわけではないのだ。

「何にせよいい加減そろそろ調子乗ってんじゃねえッスよ!お前俺がいなかったら簡ッ単に吹き飛ぶくせして!それ即ち俺がつついても簡単に吹き飛ぶんスからね!!ハア〜腹立つ」
「今日は随分よく喋るのね、喧しいわ」
「誰のせいだよ!!」

そう。キノイは元から頑丈なのが取り柄で、それはどうやらこの海でも変わらない。普段とそう立ち振る舞いを変えないまま、ドリスとエリーを護りながら未開の地を歩んでいた。
改めて理解している。先に進むためには、このクソネーレーイスを護らなければならない。次第に苛烈さを増していく敵の攻撃を凌ぎ、隙を作り、そこにドリスの魔法の矢が刺さる。そうするのが一番効率がいい。一番確実。なら、キノイは躊躇いなくそうできる。

「まァ、いいけれど」
「――ッ。静かにするっす」

杖を立てるのは、敵を見つけたという合図だ。キノイの持つ杖は明かりにもなるし、向き次第で光を遮れるので、後ろにも合図が分かりやすい。
そういう使い方をアルカールカでするより先に、まさか未開の海でこんなことをしているとは、とてもじゃないが想像していなかった。

「……まあ、見たことのあるやつ……行けますか?」
「当然じゃない。アナタこそヘマしないでよ」
「あんたみたいなひよひよペラペラクソ野郎に言われる筋合いもねえっす……行きます!」

明かりは目立つ。目立つということは、その分見つかりやすいということでもある。杖を持ち替えたキノイは、光の出力を上げながら、その尾を振って先行した。