Day4

(:Regalis Day4と同時間軸)

「わあ……!」

協会の出口を出て、最初に視界に飛び込んできたのは、街の景色。晴れ渡った空の下、様々な姿をしたひとが、人でないものも含めて、街の通りを行きかっている。視界を埋めるどの色も、鮮やかに見える。彩度が三段階ぐらい引き上げられたみたいに、とっても、綺麗。
次に、商いをする人の声、どこへ行こうかと話す声、誰かを探す声、その他にもいろいろ。ざわめきはさざ波のように響いていて、それ以外の音もあふれていて。

――なんて、素敵なんだろう。

色んな人々が、自由に生きている。とっても、素敵な場所だ。
深呼吸をしてから、一歩を踏み出す。二歩、三歩。それから、私の足は止まらなかった。

*****

協会があるこの街には、一般の人々が探索者向けに商うお店以外にも、探索者自身が構える色んなお店や、拠点となる宿や場所がある。まとめてコミュニティと呼ばれるそれは、申請を出せば協会のリストに載せてもらえる。協会を出る前にいくつかピックアップしていた場所をめぐるだけでも、結構な時間が経った。どこも活気があって、探索者の幅の広さを感じることになった。探索者やりつつコミュニティもやるなんて、すごい。私にはちょっと無理かもしれない。
次の場所に向かいながら、人の波にも目をやってみる。本当に様々な姿をしたひとたちが、思い思いの場所へ向かって、通りを歩いていた。カベルでは、ひとまとめに異形と称されるようなひとたちも、ここでは皆、人目をはばかることはない。深い暗闇に潜んで暮らしている彼らも、ここなら日の下を出歩けるのかもしれない、なんて、考えた。
魔術の研究をするようになってから、少しは種族の名前を覚えた。私やカベルの人が言う、異形という呼び名は人から見た蔑称に近い言葉だし、なるべくなら使いたくない。だから、少ない文献や実際にあったものたちから、種族の名前を教わって覚えるようにしてきた。けれど、そんなものはほんの一部だと分かるくらい、ここには様々な種族の人々がいる。
あそこで立ち話をしているのは、耳の先がとがっていて、とても綺麗な顔立ちと細い体つきをしているから、エルフだろう。店のベンチで休んでいる、小柄でがっしりとした特徴的な姿は多分、ドワーフ、かな。武器を並べた店の前に立つ、角の生えたトカゲに似た頭に、鱗の揃った肌のひとは、リザードマン?それともドラゴニュート? 武器でも買いに来たのかもしれない、良く通る低い声が聞こえる。お店の人は慣れてるみたいで顔色一つ変えないけれど、私だったらびっくりしちゃいそう。
ふと、濃い潮の匂いが鼻先を掠めた。目を向ければ、少し離れた場所を通り過ぎる、濃い色の髪に、青白い肌。長い尻尾、だろうか、が引き摺られて、地面に擦れていた。あの人は、マーマン、人魚? いや、前に文献で見た深海の生物に似ているような気もする。深海の生物は水圧の関係で陸には上がれないらしいけど、人の姿に近いと陸の上でも大丈夫なんだろうか。

「……大丈夫かな」

でも、彼は、ふらついていた。人混みに紛れて、その姿はすぐに見えなくなってしまって。大丈夫だろうか。気のせいかもしれないけれど、でも。
何度か振り返ってはみたけれど、通りを離れるまでに、その姿をもう一度見ることは、なかった。

*****

あっという間に、街は橙色の濃淡で染め上げられていた。夕暮れ時に差し掛かっても、街の活気は薄れることはなかったけれど、協会方面に向かう人は少なかった。
なんで私が協会へ向かって歩いているかと言えば、まだ、宿に帰りたい気分じゃなかったから。かといって、夕食を取るにはまだ早いし、で、散歩がてら歩いてきたところで。
途中で買った飲み水の入ったボトルを片手に、覚えている道をたどる。この世界は海が綺麗だから、飲み水も綺麗なのだろうなとは思ったけれど、カベルにいた時の癖は、さすがにすぐには直らない。
不意に、視界の端で何かが通りすぎようとして、立ち止まった。目の向けた先には。

「あ、」

青白い肌の、気にかかっていた、あの姿。やっぱりふらついていて、気のせいじゃなかったんだ、と思った、次の瞬間。

「ウッェ……」

えづくと共に、彼は吐いた。さすがに吐いているものを見つめる気にはなれなかった。うっかりもらいなんたら、なんて嫌すぎる。周りの人は遠巻きに見たあと、足早に去っていくばかりで、彼に声をかける人はいなくて。立ち止まったのは、私一人だった。
お人好し、なのはわかってるけど、このまま放っておいたら、彼が辛いままだ。でも、どう声をかけたらいいだろう。
迷っているうちに、ひとしきり胃の中のものを吐いたのか、荒い呼吸音が収まる。
ああもう。ええいままよ、なんて、内心勢いをつけてから。

「あの」

声をかければ、彼は、ゆっくりとこちらに顔を向けてくれた。濃い色の髪に、青白い肌と、黄色の目。夕焼けの光が差し込んで、綺麗なオレンジ色にも見える。私の髪の色とは違う、柔らかい色あい。もう少し人外っぽいのかと思っていたけれど、彼の顔立ちは人に近くて、怖さはなかったから、自然と言葉を続けられた。

「ねえ、大丈夫?」
「おっあ、ンン?俺ッスか?」
「そう、きみ」

不思議そうに自分のことを指す。よっぽど吐き気が辛かったのかもしれないけれど、なんだかおかしくてつい笑ってしまった。

「あーっまあ……えーと……大丈夫じゃあないっすね!!ちょっと激しい陸酔いが」
「え、……陸酔い、って?」

陸酔い。……陸酔い?
聞き慣れない言葉に思わず首をかしげれば、彼はすぐに説明をしてくれた。

「あっヒトで言うところの船酔いみたいな奴ッスよ!俺見てわかるとおり人間じゃあないですからね、海のいきものなんで、陸ダメなんすよ。いやなんで歩いてんのとかはちょっと……ノーサンキューで……オエッ……」
「あ、これ、良かったら使って」

またえづいた彼に、ボトルに入った水を差しだす。吐いた後だから口の中だって気持ち悪いだろうし、濯げば気分も落ち着くはず。ただ、海で生きている(かもしれない)ひとに真水ってどうなんだろう、とは考えたけど、そこは彼次第だ。私の分は、またあとで買えばいい。

「まああれッス、おおよそ大丈夫ッスよ、一過性だし慣れてますからね、なんかすいませんッス」
「ならよかった。きみ、この辺りかなり走り回ってたの見掛けたけど、顔色悪そうだったから大丈夫かなって」
「アーッ見られてたんすか!?悲しいっすねでもあれッスよ、皮膚が青いからそう見えてるだけかも……しれないっすからね!!素ですよ素。最初からなんかこうほんのりブルー……いや俺だってこんな、走り回る予定じゃなかったんすよ、ほんとあの、探索するっていうのにこう……これから困らないようにしようと思ってッスね……」

探索する。その言葉は、流れるように発された言葉の中でも、しっかりと聞き取れた。
――もしかして。

「きみも、探索者なの?」
「ア?」
「あ、ほら。さっき探索するっていうのに、とか、言ってたから。もしかしたら、その、きみも、実力試験を受けたのかな、なんて、そう思って」

短い返事が機嫌を損ねたように聞こえて、返す言葉がしどろもどろになる。まずいことを聞いた、のかもしれない。つい、踏み込みすぎてしまっただろうか。
恐る恐る見た彼は、懸念とは裏腹に機嫌を悪くした様子もなく、頷いた。

「あっああーそういう!そういうことっすね受けましたよまーもう実力試験っていうならもうちょっとこうアレしてくれたほうが嬉しかったんスけどね俺は!なんかあっというまで拍子抜けしたっス」
「あ、そうなんだ……私もそう。負けたら、どうしようかと思ってたから」

ほっと胸をなでおろしながら、言葉を続ける。
正直に言えば、勝つ自信なんてなかった。カベルでは、戦ったことなんてほとんどなかったし、戦うはめになってもせいぜい、幻覚を起こす術でごまかして逃げるくらいしか、したことがなかったから。むしろ、その程度の経験しかない状態で、一回は攻撃を避けられたのを、オークさんには褒めてほしいくらい。

「そうなんスか〜!!いやーなんか全然気づかなかったッスね、同伴がいたから900番代まで待ってたんスけど〜、ヒトがいすぎてさっぱりわかったもんじゃ……」

何かを言いかけて、彼の口がぴたりと閉じる。とてもよく喋るひとだから、黙ると怖い。

「つかぬことをお伺いしてもいいッスか」
「? うん、かまわない、けど、どうしたの?」
「お姉さんって人間ッスか?」

え。

思わず固まったけれど、彼の目は真剣そのものだった。
姿かたちだけを見れば――鮮やかすぎる髪と目の色を除けば、だけど――私は、人間で間違いはない。
でも、即答できなかったのは、時忘れとのことがあるからで。でも、それを説明するには、まだ、彼を信頼していいかもわからなかった。
結局、少しの間をおいて、頷く。

「……えっ、ええと……うん、人間、だけど」
「人間ッスか?ほんとッス?いやもうこの際人間かどうかってもうどうでもいいんスよ、あのですね、この機会っていうか、スゲー真剣なお願いしてもイイっすか」
「は、はい、どうぞ」

勢いに気圧されて頷くと、彼は膝立ちの状態から、私に向かって手を差し伸べる。それから。

「俺たちと一緒に来てもらえないッスか!この広いテリメインを……俺たちと一緒に探索してもらえないッスか!遺跡とか遺跡とか遺跡を!!」

……これは、その。確かに、誰かと一緒に行動できたら、とは思っていたけれど。まさか、勧誘されるとは。あまりにも急展開過ぎて、思考がついていかない。
ええと、そうだ、……物語の挿絵で、こんなポーズをとる人を見たことがある。確か、お姫様に手を差し出す騎士、だったかな。現実にやるひとは初めて見たけど、様になっているのがすごいし、彼はそういった仕草に慣れてるんだろうか。
じっと、彼の目は、戸惑う私を見ている。うん。いや、違う、そうだ、現実逃避してる場合じゃない。でも、なんていうか。

「……なんていうか、きみって、騎士みたいだね。物語に出てくるみたいな」
「実際ほんとに騎士ッスよ、末端オブ末端ですけどね!」

そのまま出た言葉にも、彼はすぐさま言葉を返す。打てば響く、そんな感じの反応の速さだ。
海に生きる騎士、なんて。本当に物語の中みたいなひと。でも、口調はどこにでもいる若い男の子みたいで。……正直、よくわからないひとで。
でも、まあ。

「私でよければ、構わないよ。けど、力になれるかはわからないし……きみの仲間が、どういうかは分からないから……」
「アーッ大丈夫っすよ!ワタシメンドクサイコトシタクナイノーとか言って俺に全部ぶん投げてますからね!あっ女ッス!いけ好かないやつですけど!じゃああのついてきてもらっていいすかね!」

悪いひとではない、と思う。ひとを騙すようには、見えないというか。それに、こういうのも縁、というのだとも、思う。
ただ、彼の仲間はどう思うのだろうか、それだけは気がかりで。私なんかを連れて行って、もし、拒否されたら、彼はどうするんだろうか。頷いてはみたけれど、言いしれない不安に、言葉尻も力なくしぼんだ。そんな不安を払しょくするように、彼はまた、言葉を重ねる。 本当によく喋るひとだ。

「ついていくのはいいけど、大丈夫?歩ける?肩なら貸せるけど……」
「あっ肩より尻尾のほうが助かるッス?」
「尻尾?……ああ、そうだね」

言われて見てみれば、彼の長い尻尾は、地面と擦れたのか細かい傷だらけだった。これはちょっと痛そう。確かに、そっちを持ってあげた方がいいのかもしれない。あとでヒールを使ってあげよう。こっそり、そう決めた。
持っていた杖を支えに、彼が立ち上がったのを確認して、そっと尻尾を持とうと手を伸ばす。

「えーと、……お姉さん」
「エレノア。エリーでいいよ」

名前を名乗りながら、そういえば、彼の名前を聞いていなかったことに気付いた。まあ、これから、彼の仲間とも会うのだし、その時に聞こう。そう思って、言われた通りに尻尾を抱えた。――けど。

「あっ重ッ……」
「さーせん」

それが、彼と、彼女との出会いの、きっかけだった。

(→:Reis Day4へ続く)